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上村松篁【うえむら しょうこう】

美術人名辞典

上村松篁
日本画家。京都生。日本画家上村松園長男、子は上村淳之本名は信太郎。京都絵専卒。西山翠嶂師事する。明るい色彩を用いて清雅で格調高い独自の花鳥画世界を拓いた。勲三等を受勲。京都芸大名誉教授創画会会員。日本芸術院会員。文化功労者文化勲章受章。平成13年(2001)歿、98才。

出典:(株)思文閣

デジタル版 日本人名大辞典+Plus

上村松篁 うえむら-しょうこう
1902-2001 大正-平成時代の日本画家。
明治35年11月4日生まれ。上村松園(しょうえん)の長男。西山翠嶂(すいしょう)に師事。大正10年帝展初入選。昭和23年山本丘人らと創造美術を結成。42年「樹下幽禽」で芸術院賞。49年創画会を結成。56年芸術院会員。59年文化勲章。母校京都市立芸大の教授。現代的感覚をいかした花鳥画をえがいた。平成13年3月11日死去。98歳。京都出身。本名は信太郎。作品に「蓮池群鴦図」「星五位」など。

出典:講談社
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

世界大百科事典 第2版

うえむらしょうこう【上村松篁】

出典:株式会社平凡社
Copyright (c) Heibonsha Limited, Publishers, Tokyo. All rights reserved.

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

上村松篁
うえむらしょうこう
[生]1902.11.4. 京都
[没]2001.3.11. 京都
日本画家。本名信太郎。母は美人画の上村松園,長男も日本画家。 1930年京都市立絵画専門学校研究科修了。帝展で活躍,のち文展審査員,1948年に創造美術協会の結成に参加し,その後身の新制作協会の中心的画家となる。 1949~68年京都市立美術大学 (美術専門学校) 教授。 1974年創画会を結成。花鳥画を得意とし,主要作品は皇居新宮殿の屏風『日本の花』『日本の鳥』。 1981年日本芸術院会員,1983年文化功労者。 1984年文化勲章受章。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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日本大百科全書(ニッポニカ)

上村松篁
うえむらしょうこう
(1902―2001)

日本画家。本名信太郎。京都市に生まれる。母は上村松園。京都市立美術工芸学校、京都市立絵画専門学校を卒業。在学中から西山翠嶂(すいしょう)に師事する。初め帝展、文展、第二次世界大戦後は日展に出品していたが、1948年(昭和23)創造美術の結成に加わり、新制作協会を経て、74年の創画会創立に参画した。59年にインドなどに研究旅行。67年日本芸術院賞を受賞、83年文化功労者となり、84年文化勲章を受章。花鳥画を得意とし独特の清雅な表現が貴重とされる。『星五位(ほしごい)』『鴛鴦(おしどり)』『樹下幽禽(じゅかゆうきん)』などがよく知られている。長男淳之(あつし)(本名淳)も日本画家で、松園、松篁、淳之の上村家三代の作品を寄贈した松伯美術館(1994年開館)が奈良市内にある。

[原田 実]

『『現代日本画全集8 上村松篁』(1981・集英社)』『『上村松篁近作画集』(1991・中央公論美術出版)』『『上村松篁画集 作品1921~1980』(1981・講談社)』『上村淳之監修『花鳥素描』(1990・毎日新聞社)』

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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