@niftyトップ

辞書、事典、用語解説などを検索できる無料サービスです。

中外新聞【ちゅうがいしんぶん】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

中外新聞
ちゅうがいしんぶん
いわゆる慶応新聞の1つとして柳河春三が慶応4 (1868) 年2月に創刊した新聞。海外事情と国内事情を報道するという趣旨題号である。当時としては珍しく日本全国に普及し,創刊後わずか1ヵ月間で部数 1500と同紙9号は報じている。しかし佐幕派の論調であったため,同年6月 45号で新政府禁令により発行を禁止され,明治2 (69) 年復刊したが,翌年春三のとともに第 41号で終った。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル大辞泉プラス

中外新聞
1968年2月、幕臣の柳河春三(しゅんさん)が江戸で創刊した日本初の本格的な新聞。3~4日ごとの発行で、外字新聞に基づく海外情報の紹介と国内事情の報道を行い、売れ行きも好調だったが、官軍が佐幕派新聞を厳しく取り締まったため、同年6月で休刊。翌1969年3月に復刊したが、柳河の死去により、1970年2月で廃刊した。

出典:小学館
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

大辞林 第三版

ちゅうがいしんぶん【中外新聞】
1868年(慶応4)、幕臣柳河春三により発行された日本最初の邦字新聞。四五号で発禁。69年(明治2)再刊されたが、翌年柳河の死により廃刊。

出典:三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

日本大百科全書(ニッポニカ)

中外新聞
ちゅうがいしんぶん
1868年(慶応4)2月24日、柳河春三(やながわしゅんさん)が江戸で創刊した冊子型の新聞。外字新聞による外国事情の翻訳紹介とともに国内事情の報道にも力を入れた、日本人による最初の本格的新聞。売れ行きも当時の新聞のなかでは抜群だったため、従来の3、4日ごとの発行日のほかに、4月から『中外新聞外篇(がいへん)』23巻を出している。また5月彰義隊(しょうぎたい)の戦いに際しては『別段中外新聞』を発行しているが、これは新聞号外の元祖である。しかし官軍が江戸に入ると佐幕派新聞に厳しい許可制を敷いたので、6月8日第45号で廃刊した。翌69年(明治2)3月7日復刊したが、柳河が70年2月に亡くなると、同月、第41号で廃刊となった。[春原昭彦]

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

精選版 日本国語大辞典

ちゅうがい‐しんぶん チュウグヮイ‥【中外新聞】
日本ではじめての本格的な新聞。慶応四年(一八六八)二月二四日、幕臣柳河春三が江戸で創刊。半紙二つ折り五、六枚綴りで三、四日目ごとに発行。同年六月八日、官軍が新聞の私刊を禁止したために第四五号で休刊。翌明治二年(一八六九)三月七日に復刊したが、翌年二月柳河の病死のために第四一号で廃刊。

出典:精選版 日本国語大辞典
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

中外新聞」の用語解説はコトバンクが提供しています。

中外新聞の関連情報

他サービスで検索

(C)The Asahi Shimbun Company /VOYAGE MARKETING, Inc. All rights reserved.
No reproduction or republication without written permission.

アット・ニフティトップページへ アット・ニフティ会員に登録

ウェブサイトの利用について | 個人情報保護ポリシー
©NIFTY Corporation