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中尾都山【ナカオトザン】

デジタル大辞泉

なかお‐とざん〔なかを‐〕【中尾都山】
[1876~1956]尺八家。初世。大阪の生まれ。本名、琳三。虚無僧(こむそう)として修業ののち、明治29年(1896)都山流創始

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世界大百科事典 第2版

なかおとざん【中尾都山】
尺八家。都山流宗家の芸名。現在は3世。初世が最も有名。(1)初世(1876‐1956∥明治9‐昭和31) 都山流の創始者。大阪府枚方の商家の出身。本名は琳三。母の美津(三都)は寺内検校の娘で地歌・箏曲にたんのうだったので,その指導下に少年琳三は三曲合奏の尺八を独習した。都山と号し都山流を称して1896年大阪で尺八教授を始めた。三曲合奏の尺八手付けを独自に工夫新作し,多数の尺八本曲を新作して自流の曲目を増やし,さらに記譜法,教授法,合奏形式などにも新機軸を打ち出し,近代的な家元制度を整えて門弟を増やし,短年月のうちに西日本に勢力を張った。

出典:株式会社平凡社
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日本大百科全書(ニッポニカ)

中尾都山
なかおとざん
(1876―1956)

都山流尺八家。初世。本名琳三、大阪府枚方(ひらかた)の出身。母方の祖父は、京都の地歌(じうた)の名手寺内大検校(けんぎょう)。祖父の合奏相手、近藤宗悦(1821―67)の尺八を母から学び、独学で合奏技術を身につけた。19歳で虚無僧(こむそう)修行に入り、明暗(みょうあん)の古典本曲(ほんきょく)などを学んだのち、1896年(明治29)に尺八指南を開始。外曲(がいきょく)(三曲合奏)尺八の作譜と独自の楽譜公刊により流の基礎を確立。さらに、洋楽的合奏曲の作曲や、宗家を頂点とした大組織の樹立に成功、琴古(きんこ)流と並ぶ都山王国を一代で築いた。都山の名は同流宗家名としてその実子、稀一(きいち)(1944―74)が2世を継ぎ、2世早世のため3世は初世の後妻レンが襲名した。2世の娘も3世を名のったことから内紛が起こり、分裂のきっかけとなった。4世は初世の孫が継いでいる。

[月溪恒子]

『田中義一著『中尾都山の生涯』(1989・ホーオー堂)』

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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精選版 日本国語大辞典

なかお‐とざん【中尾都山】
尺八演奏家。初世。本名琳三。大阪出身。明治二九年(一八九六)都山流を創立。古曲を採譜する一方、作曲も行なった。大正一一年(一九二二)宮城道雄らと新日本音楽運動を進めた。近代尺八の祖。明治九~昭和三一年(一八七六‐一九五六

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