@niftyトップ

辞書、事典、用語解説などを検索できる無料サービスです。

乙巳の士禍【いつしのしか】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

乙巳の士禍
いつしのしか
Ǔlsa sahwa
朝鮮,朝鮮王朝 (李朝) の明宗1 (1545) 年,乙巳の年に王の外戚たちが争いの中心となって起った士禍。中宗 (在位 1506~44) の長子こう (のちの仁宗) と次子こう (のちの明宗) との王位継承をめぐって,尹任 (いんにん) 一派 (大尹) と尹元衡 (いんげんこう) 一派 (小尹) の対立があった。中宗が死去して仁宗が即位するや尹任一派は勢力を得たが,仁宗はわずか在位8ヵ月で死去した。明宗 (当時 12歳) が即位したのを契機に,勢力を得た明宗の外戚である尹元衡一派が仁宗の外戚である尹任一派を除去するために,誣告 (ぶこく) して尹仁一家とその一派である貴族数十名を処刑した。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

乙巳の士禍」の用語解説はコトバンクが提供しています。

乙巳の士禍の関連情報

関連キーワード

概数文書偽造罪ミドル級スーパーウエルター級宣誓ソネット集鼂錯市町村長宣誓知事

他サービスで検索

(C)The Asahi Shimbun Company /VOYAGE MARKETING, Inc. All rights reserved.
No reproduction or republication without written permission.

アット・ニフティトップページへ アット・ニフティ会員に登録

ウェブサイトの利用について | 個人情報保護ポリシー
©NIFTY Corporation