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二月革命[フランス]【にがつかくめい[フランス]】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

二月革命[フランス]
にがつかくめい[フランス]
Révolution de Février
1848年2月 22,23,24日の革命運動に与えられた名称。七月王政に代って第二共和政への道を開いた。フランスでは,七月革命以後ようやく産業革命が軌道に乗りつつあったが,小農民が広範に存在し,イギリス産業資本の圧力,国家財政に対し投機をほしいままにする金融貴族の支配など,産業発展の道には多くの困難があり,47年からは経済恐慌が深刻化していった。制限選挙制によって上層ブルジョアジーの金権政治を維持しようとする七月王政に,発展の道を打開しようとする中小資本家層や小市民,都市労働者の共和主義者が対立し,政府の実力者である純理派の F.ギゾーに対して,ブルジョア共和派は新聞『ナショナル』で普通選挙と人民主権を説き,ブルジョア急進派は『レフォルム』紙に論陣を張って金融貴族の支配を攻撃した。政治集会は禁じられていたため各地で「改革宴会」が開かれたが,48年2月 22日パリのマドレーヌ広場で開かれるはずの「改革宴会」がその前日禁止されると,労働者,小市民,学生は反乱に立上がり,二月革命が開始された。2月 23日ギゾー内閣は瓦解し,24日市民はチュイルリー宮殿に乱入,国王ルイ・フィリップは王位を孫のパリ伯ルイ・フィリップ・アルベールに譲り,その母オルレアン公妃の摂政で事態を切抜けようとしたが,武装市民は議会に侵入してこれを阻止。パリ市庁に臨時政府が樹立され,共和政が宣言された。革命が成功するや革命戦線内部にはらまれていた階級対立が表面化し,臨時政府の大多数の閣僚はブルジョア共和派が占め,労働者大衆の社会改革の要求は満たされず社会的動揺が激化していった。こうしたなかで,4月に 21歳以上の男子による直接普通選挙が行われたが,ブルジョア共和派の大勝に終り,農村の小土地所有農民は自己の所有権の危機を感じて反社会主義の意向を示した。6月足場を固めたブルジョア政府のもとでブルジョアジーとプロレタリアートの最初の正面衝突である六月事件が起った。革命はドイツ,オーストリア,イタリア,ハンガリー,ポーランドに波及し「諸国民の春」を現出した。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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