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五・四運動【ご・しうんどう】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

五・四運動
ご・しうんどう
Wu-si yun-dong; Wu-ssǔ yün-tung
中国,1919年5月4日,北京大学の学生を中心に行われた反日街頭行動に端を発し,全国的な規模に拡大した日本帝国主義反対運動。通常,この運動に伴って進展した文化的改革 (新文化運動) をも含める。 15年袁世凱政権に「二十一ヵ条要求」を受諾させた日本は,中国侵略に拍車をかけていった。その頃,中国の青年たちは,ヨーロッパから流入してきた思想を媒介に,文化的改革を行なっていった。特に,陳独秀魯迅胡適李大しょうらを中心にした『新青年』 (1915年9月上海で創刊) はその推進母体となり,口語 (白話) 文使用を提唱した (魯迅の『狂人日記』など) 。また,北京大学では,新思想を研究,啓蒙する多くのサークルも生れた。このような状況を背景に,17年のロシア革命に触発された学生,労働者は,19年パリ講和会議で列強が山東半島における日本の主張を擁護する側にまわったことに憤激し,5月4日北京大学の学生デモを皮切りに反日運動を全国的に展開していった。それはやがて日本製品ボイコット運動,工場のストライキへと発展した。6月,ついに北京政府は講和条約調印拒否,親日政治家罷免を発表し,運動は一応終結した。しかしこの運動は各地で組織的な運動として引継がれ,中国人の民族意識に初めて明確な方向を与えた。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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日本大百科全書(ニッポニカ)

五・四運動
ごしうんどう

1919年5月4日、北京(ペキン)の学生が日本の中国侵略に抗議して行ったデモに端を発した中国民衆の愛国運動。この運動の歴史的背景としては、二十一か条要求以降の日本の対中国侵略政策と、それに対する中国民衆の抗議、同じく1915年ごろから始まった知識人層の新文化運動の展開、労働運動の興隆がある。朝鮮における三・一独立運動の刺激も無視できない。

 日清(にっしん)戦争(1894~95)以後、中国侵略を開始した日本は、朝鮮植民地化を達成する一方、第一次世界大戦中の国際的混乱を利用して、列強に先んじて中国侵略を推進しようとした。まず青島(チンタオ)を占領して中国側に返還せず、さらに二十一か条要求、西原借款、「日支共同防敵協定」締結を当時の軍閥政府に押し付けた。中国の学生たちはいち早くその侵略的意図を察知して反対運動をおこし、商人たちは日本商品ボイコットを行って抗議してきたが、パリ平和会議で中国民衆の要求が列強に無視されると、彼らの怒りは朝鮮の三・一独立運動に鼓舞されながらさらに大きく結集された。

 辛亥(しんがい)革命にかけた希望が裏切られ、絶望の底にあった中国の知識人たちは、彼らを裏切った軍閥諸勢力の逆流に抵抗するために、新文化運動をおこした。「デモクラシーとサイエンス」というスローガンによってもわかるように、初期のこの運動は近代西ヨーロッパを模範とする知的啓蒙(けいもう)運動であったが、それは彼らの知的覚醒(かくせい)を示すものであり、とくに礼教批判は軍閥支配の反動性を明確に照射していた。この知的覚醒が彼らを愛国運動に向かわせた。

 一方、労働運動も当時ようやく興隆しつつあった。資本主義が未発達であった中国も、大戦中列強の圧迫が緩んだ機会に、民族資本の発展とともに、労働者もわずかながら増加し、劣悪な労働条件の改善などを要求して闘っていた。

 五・四運動はこのような背景のもとに始まった。運動は学生のデモを皮切りに、6月3日以後は労働者、商人などを含んだ「三罷闘争」(学生、労働者、商店のスト)へと発展し、日本をはじめとする帝国主義列強と従属外交をとり続ける軍閥政府に強く抗議した。とくに学生たちの愛国的熱情と弾圧を恐れぬ態度は市民の共感をよんだ。

 当時中国では、アメリカのウィルソン大統領の「民族自決」主義やロシアの十月革命の影響が強く、マルクス主義、アナキズム、ギルド社会主義、プラグマティズムなどさまざまの思想が受け入れられていた。運動の参加者はさまざまの思想をもちながら、愛国の一点において結合しており、運動は統一的に指導されたものとはいえない。しかしこの運動は、その後の労働運動、農民運動など大衆運動の出発点となり、現代中国の史学界では、新民主主義革命の始まりとして位置づけている。

[伊東昭雄]

『野原四郎著『アジアの歴史と思想』(1966・弘文堂)』『丸山松幸著『五四運動――その思想史』(紀伊國屋新書)』『京都大学人文科学研究所共同研究報告『五四運動の研究』全5函(1982~92・同朋舎出版)』

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精選版 日本国語大辞典

ごし‐うんどう【五・四運動】
一九一九年五月四日、北京の学生たちのデモを契機として起こった中国の民族運動。第一次大戦中の日本の中国侵略や、これを許した軍閥政府に反対するため、各地でストライキや日本商品のボイコットが行なわれて、ついに政府に親日的要人の罷免と、ベルサイユ講和条約の調印拒否を約束させた。広義には、この運動を準備し推進した一九一七年以来の五・四文化革命(新文化運動)をさすことがある。

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旺文社世界史事典 三訂版

五・四運動
ご・しうんどう
1919年5月4日,中国北京の大学生を中心として起こった民族運動
第一次世界大戦後のパリ講和会議で中国の要求する山東省の利権返還,二十一か条要求の破棄などが無視されたのに反対して,学生が運動を起こした。これは全国的に広まり,段祺瑞 (だんきずい) 内閣の親日要人を罷免 (ひめん) し,条約調印を拒否させ,日貨排斥と民族産業擁護運動にまで発展して民族的な高まりを示した。以後,中国の革命は人民大衆の参加の下に,反帝国主義・反封建主義の性格をもつことになった。

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旺文社日本史事典 三訂版

五・四運動
ご・しうんどう
1919年5月4日,北京の学生の示威運動をきっかけとしておこった中国の反帝・民族運動
日本の二十一カ条要求,帝国主義列強およびそれと結びつく段祺瑞 (だんきずい) 政府に反対して,学生・労働者・商人など国民各層が参加。日貨排斥運動に拡大し政府に親日要人の罷免とヴェルサイユ講和条約拒否を決定させた。

出典:旺文社日本史事典 三訂版
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