@niftyトップ

辞書、事典、用語解説などを検索できる無料サービスです。

五摂家【ごせっけ】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

五摂家
ごせっけ
摂政関白家柄藤原氏北家道長の流れで,近衛家九条家鷹司家一条家二条家の5家。鎌倉時代,忠通の子基実,兼実がそれぞれ近衛九条となり,兼実の孫道家の子良実,実経がそれぞれ二条一条の祖となった。また,近衛家実の子兼平鷹司の祖となった。明治維新後,いずれも公爵

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル大辞泉

ご‐せっけ【五摂家】
鎌倉時代以後、摂政関白に任じられる五つの家柄。藤原北家の流れで、近衛(このえ)九条二条一条鷹司(たかつかさ)の五家。五門

出典:小学館
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:田中牧郎、曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

とっさの日本語便利帳

五摂家
鎌倉以降、摂政・関白を出すことのできた家柄。▽近衛家、九条家、二条家、一条家、鷹司家

出典:(株)朝日新聞出版発行「とっさの日本語便利帳」

世界大百科事典 第2版

ごせっけ【五摂家】
藤原氏のうち近衛,九条,二条,一条,鷹司の5家をいう。藤原氏は北家出身の良房・基経父子が摂政・関白となって以来,その子孫が相ついで摂政・関白となり,同時に氏長者を兼帯したが,このように摂政・関白を出す家を摂関家または摂家といった。ところが鎌倉時代の初頭に,源頼朝の推挙により兼実が兄基実の子基通に代わって摂政・氏長者となり,基通の近衛家に対して九条家を興した。ここに摂関家は近衛と九条に分立したが,さらに兼実の孫道家は,その子教実・良実・実経を相ついで摂関につけ,良実が二条家を,実経が一条家を興して教実の九条家と3家に分かれた。

出典:株式会社平凡社
Copyright (c) Heibonsha Limited, Publishers, Tokyo. All rights reserved.

大辞林 第三版

ごせっけ【五摂家】
鎌倉時代以降、関白に任ぜられる家柄の五家。摂関家である藤原北家から分かれた近衛・九条・二条・一条・鷹司の五家をいう。五門。

出典:三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

日本大百科全書(ニッポニカ)

五摂家
ごせっけ
藤原北家(ほっけ)の主流で、摂政(せっしょう)、関白となる5家。五つの摂関家の意。摂関家はすでに平氏政権のもとで近衛基通(このえもとみち)が摂政に推され、ついで鎌倉幕府によって九条兼実(くじょうかねざね)が摂政にあげられ、外側の政治的圧力に左右される状況となり、藤原氏の嫡流は基実(もとざね)の長子基通(近衛)と、兼実(九条)の2流に分かれた。その後、兼実の孫道家(みちいえ)は朝幕の間に勢威を振るい、教実(のりざね)(九条)、良実(よしざね)(二条)、実経(さねつね)(一条)と相次いで摂関となった。ついで摂政となった近衛兼経(かねつね)は嗣子(しし)基平(もとひら)が幼少であったので上表して弟兼平(かねひら)(鷹司(たかつかさ))に摂政を譲り、以後はこれら5家によって摂政・関白は回り持ちとなる。五摂家の確定した時期は、兼平が摂政となった1252年(建長4)10月とされる。[橋本政宣]

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

精選版 日本国語大辞典

ご‐せっけ【五摂家】
鎌倉以後、藤原氏のうちで摂政・関白に任じられる五つの家柄で、近衛・九条・二条・一条・鷹司の五家をいう。この五家は、藤原道長の家流が、忠通の後、近衛・九条に二分し、ついで九条から二条・一条が、近衛から鷹司が分立したもの。五門。
※随筆・戴恩記(1644頃)上「五摂家ともにいづれも、今甲乙はなけれども」

出典:精選版 日本国語大辞典
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

旺文社日本史事典 三訂版

五摂家
ごせっけ
鎌倉時代以降の摂政・関白の家柄
藤原北家道長の流れである近衛・鷹司 (たかつかさ) ・九条・二条・一条の5家のこと。平氏滅亡後,1186年源頼朝の奏請により九条兼実が摂政になって以来,藤原嫡流は近衛・九条の2家に分かれた。その後,鎌倉中期に近衛から鷹司が,九条から二条・一条が分立。江戸末期まで順次摂関となり,明治期に至り華族に列し公爵となった。

出典:旺文社日本史事典 三訂版
執筆者一覧(50音順)
金澤利明 竹内秀一 藤野雅己 牧内利之 真中幹夫
 
Copyright Obunsha Co.,Ltd. All Rights Reserved.
それぞれの項目は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

五摂家」の用語解説はコトバンクが提供しています。

五摂家の関連情報

他サービスで検索

(C)The Asahi Shimbun Company /VOYAGE MARKETING, Inc. All rights reserved.
No reproduction or republication without written permission.

アット・ニフティトップページへ アット・ニフティ会員に登録

ウェブサイトの利用について | 個人情報保護ポリシー
©NIFTY Corporation