@niftyトップ

辞書、事典、用語解説などを検索できる無料サービスです。

仏通寺【ブッツウジ】

デジタル大辞泉

ぶっつう‐じ【仏通寺】
広島県三原市にある臨済宗仏通寺派大本山。山号は、御許山。開創は応永4年(1397)、開山愚中周及開基小早川春平足利幕府の祈願所。地蔵堂創建当初の遺構

出典:小学館
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:田中牧郎、曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル大辞泉プラス

仏通寺
広島県三原市にある寺院。1397年開創。臨済宗仏通寺派の大本山。山号は御許(みもと)山。本尊は釈迦如来。含暉院(きがんいん)地蔵堂は国の重要文化財。紅葉名所としても知られる。

出典:小学館
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典 第2版

ぶっつうじ【仏通寺】
広島県三原市にある臨済宗仏通寺派の本山。御許山と号する。仏通寺川沿いの深山幽谷の勝地にあり,域内に伝雪舟作のをもつ篩月(しげつ),三級滝,聖民(しようみん)などの景地が多く,近世以降,文人墨客の清遊も多い。開創は1397年(応永4),沼田(ぬた)の地頭小早川春平が愚中周及(大通師)を迎え,一族の菩提寺として諸堂を建立。周及は同じ臨済でありながら権勢に密着した五山叢林の禅にあきたらず,元に渡って仏通禅師(即休契了)に師事し,その清新峻厳な禅風をついだ。

出典:株式会社平凡社
Copyright (c) Heibonsha Limited, Publishers, Tokyo. All rights reserved.

日本大百科全書(ニッポニカ)

仏通寺
ぶっつうじ

広島県三原(みはら)市高坂(たかさか)町許山(もとやま)にある臨済(りんざい)宗仏通寺派の本山。御許(みもと)山と号する。本尊は釈迦如来(しゃかにょらい)。1397年(応永4)沼田(ぬた)城主の小早川美作守(こばやかわみまさかのかみ)春平が、夢窓疎石(むそうそせき)の弟子愚中周及(ぐちゅうしゅうぎゅう)を開山として開創した。周及は元(げん)に渡って金山寺の即休契了(そくきゅうかいりょう)に師事し、師の号が仏通大徳であったところから仏通寺と名づけ、即休を勧請(かんじょう)開山として第1世とし、自身は第2世と称した。室町時代、足利(あしかが)幕府の帰依(きえ)を受けて祈願護国寺と称し、小早川氏、芸州浅野氏の外護(げご)によって栄え、末寺3000寺を数え、堂塔はたびたび改修された。1905年(明治38)末寺約50か寺をもつ独立の本山となった。本尊の釈迦如来像は開山の周及が元から将来したもの。愚中周及の塔所含暉(がんき)院地蔵堂、絹本着色大通禅師像は国重要文化財。開山堂、雪舟(せっしゅう)が寓居(ぐうきょ)したと伝える篩月庵(しげつあん)、雪舟作と伝える庭園などがある。

[菅沼 晃]

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

精選版 日本国語大辞典

ぶっつう‐じ【仏通寺】
広島県三原市高坂町にある臨済宗仏通寺派の本山。山号は御許山。応永四年(一三九七)沼田(ぬた)城主小早川春平が創建。開山は愚中周及。足利幕府の祈願所。庭は雪舟作と伝えられる。

出典:精選版 日本国語大辞典
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

仏通寺」の用語解説はコトバンクが提供しています。

仏通寺の関連情報

他サービスで検索

(C)The Asahi Shimbun Company /VOYAGE MARKETING, Inc. All rights reserved.
No reproduction or republication without written permission.

アット・ニフティトップページへ アット・ニフティ会員に登録

ウェブサイトの利用について | 個人情報保護ポリシー
©NIFTY Corporation