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伊勢大輔【いせのたいふ】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

伊勢大輔
いせのたいふ
平安時代中期の女流歌人。父大中臣輔親 (おおなかとみのすけちか) ,祖父大中臣能宣 (よしのぶ) ,曾祖父頼基 (よりもと) もすぐれた歌人。高階成順 (たかしなのなりのぶ) と結婚,歌人康資王母 (やすすけおうのはは) を生んだ。寛弘5 (1008) 年頃に一条天皇中宮彰子 (しょうし) のもとに出仕後年には白河天皇傅育 (ふいく) のにもあたった。『後拾遺集』以下の勅撰集に 50首余入集。家集『伊勢大輔集』がある。多くの歌合に出詠。歌人としての活動期は長く,寛弘5年前後成立の『後十五番歌合』から康平3 (60) 年志賀正九十賀の祝歌に及ぶ。

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デジタル大辞泉

いせ‐の‐おおすけ〔‐おほすけ〕【伊勢大輔】
平安中期の女流歌人。大中臣輔親(おおなかとみのすけちか)の娘。上東門院彰子に仕え、紫式部和泉式部らと親交を結んだ。生没年未詳。家集に「伊勢大輔集」がある。いせのたゆう。

出典:小学館
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
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いせ‐の‐たゆう〔‐タイフ〕【伊勢大輔】

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デジタル版 日本人名大辞典+Plus

伊勢大輔 いせのたいふ
?-1062? 平安時代中期の歌人。
大中臣輔親(おおなかとみの-すけちか)の次女。寛弘(かんこう)5年ごろ中宮(ちゅうぐう)彰子(上東門院)につかえ,歌才をみとめられる。高階成順(たかしなの-なりのぶ)と結婚,四条宮筑前らを生んだ。中古三十六歌仙のひとりで,「後拾遺和歌集」などの勅撰集に五十余首のる。康平5年?死去。「いせのおおすけ」ともよむ。家集に「伊勢大輔集」。
格言など】いにしへの奈良の都の八重桜今日九重ににほひぬるかな(「小倉百人一首」)

出典:講談社
(C)Kodansha 2015.
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世界大百科事典 第2版

いせのたいふ【伊勢大輔】
平安中期の女流歌人。生没年不詳。1060年(康平3)以後高齢で没した。伊勢の祭主で神祇伯となった大中臣輔親(おおなかとみのすけちか)の女。1008年(寛弘5)のころ,一条天皇の中宮彰子に仕える。〈いにしへの奈良の都の八重桜今日九重ににほひぬるかな〉(《詞花集》)は,興福寺の僧が奈良の八重桜を中宮に献じたとき,先輩の女房の紫式部から取入れ役を譲られて新参の伊勢大輔が詠んだ名歌である。高階成順(たかしなのなりのぶ)と結婚し,康資王母,筑前乳母,源兼俊母をもうける。

出典:株式会社平凡社
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日本大百科全書(ニッポニカ)

伊勢大輔
いせのたいふ

生没年不詳。平安中期の女流歌人で中古三十六歌仙の一人。大中臣能宣(おおなかとみのよしのぶ)の孫、輔親(すけちか)の娘。1008年(寛弘5)ごろ中宮彰子(しょうし)のもとに出仕、このおり、奈良の僧から献じた八重桜を、「今年の取り入れ人は今参りぞ」と紫式部に促されて詠んだ一首「いにしへの奈良の都の八重桜けふ九重に匂(にほ)ひぬるかな」によって、一躍歌才を認められた。以後、上東門院彰子の側近として、1032年(長元5)上東門院菊合(きくあわせ)より1056年(天喜4)に至る公私の歌合に活躍、多くの賀歌、屏風歌(びょうぶうた)を残した。歌風は縁語、懸詞(かけことば)を駆使した技巧に特色がある。夫高階成順(たかしななりのぶ)との間に康資王母(やすすけおうのはは)らの優れた歌人をもうけ、温厚な人柄から一時、貞仁(さだひと)親王(白河天皇)の傅育(ふいく)を嘱されたこともある。1060年(康平3)志賀僧正90歳の賀歌を最後に、まもなくかなりな高齢で没したらしい。家集に雑纂(ざっさん)、類纂大別2種の『伊勢大輔集』がある。

[犬養 廉]

『保坂都著『大中臣家の歌人群』(1972・武蔵野書院)』

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精選版 日本国語大辞典

いせ‐の‐たゆう ‥タイフ【伊勢大輔】
平安中期の女流歌人。中古三十六歌仙、三才女の一人。大中臣輔親の娘。上東門院彰子に仕えた。のち高階成順(なりのぶ)の妻。家集「伊勢大輔集」。いせのおおすけ。生没年未詳。

出典:精選版 日本国語大辞典
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いせ‐の‐おおすけ ‥おほすけ【伊勢大輔】

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旺文社日本史事典 三訂版

伊勢大輔
いせのおおすけ
生没年不詳
平安中期の女流歌人
一条天皇の中宮上東門院彰子に仕え,紫式部・和泉式部などと交流があった。技巧的な歌風。家集に『伊勢大輔集』1巻。中古三十六歌仙の一人。

出典:旺文社日本史事典 三訂版
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