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伝馬【てんま】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

伝馬
てんま
江戸時代,諸街道の宿駅に常備され,公用の人や荷物の継ぎ送りにあたった馬をいう。古代の駅制にも伝馬の制があったが,その後廃絶した。戦国時代,諸大名は軍事的必要から領国に宿駅を設置し伝馬を常置したが,制度的に確立したのは江戸時代である。徳川家康が慶長6 (1601) 年東海道,中山道に多くの宿駅を指定し,36頭ずつの伝馬を常備させたのが初めで,寛永 15 (38) 年幕府は東海道 100頭,中山道 50頭,日光,奥州,甲州各道中 25頭と定めた。伝馬を使用できるものは幕府の公用,諸大名,公家などの特権者であったが,これには無賃の朱印伝馬と定賃銭を払う駄賃伝馬の2つがあった。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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デジタル大辞泉

てん‐ま【伝馬】
逓送用の馬。律令制では、駅馬とは別に各郡に5頭ずつ常置して公用にあてた。戦国時代、諸大名は主要道路の宿駅に常備して公用にあて、江戸時代には、幕府が主要街道に設け、また、一般人が利用できるものもあった。
伝馬船」の略。

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世界大百科事典 第2版

てんま【伝馬】
前近代に宿駅の間を往復し旅行者や貨物を逓送した馬。
[古代]
 日本古代の駅伝制では,中央の兵部(ひようぶ)所管で緊急の公務出張や公文書伝送にのみ使われた駅馬のほかに,全国各郡の郡家(ぐうけ)に5疋(ひき)ずつの伝馬を用意し,国司赴任や国内巡視などに使うことにしていた。この伝馬は,官営牧場で繁殖させ,軍団兵士の戸で飼育させる官馬の中から選ぶが,適当な官馬がなければ郡稲という財源で民間から購入し,郡家付近の豊かで人手のある戸に飼育させる。

出典:株式会社平凡社
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大辞林 第三版

てんま【伝馬】
逓送用の馬。律令制では、各郡におき官吏の公用に供した。平安時代以降、制度は乱れたが、江戸幕府はこれを整備し、主要幹線路の宿駅ごとに一定数、常備させて公用にあてた。
「伝馬船」の略。

出典:三省堂
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日本大百科全書(ニッポニカ)

伝馬
てんま
道中の各駅・宿などに備えて公用輸送にあてた馬。大化改新(645)により国府と郡家を連絡するため、各郡家に伝馬という官馬が用意され、その員数は毎郡各5とされた。利用者は格別の規定はないが国司、流人、防人(さきもり)などであり、乗用資格証明は伝符による。伝馬は官馬から選ぶが、民間から購入する場合には郡稲(ぐんとう)による。これに対し、諸道の駅家に備えて駅使の乗用に供した馬が駅馬である。
 平安時代には衰微したが、中世荘園(しょうえん)でふたたび伝馬が頻出する。これは、荘園領主、地頭が交通上から農民に徴課した馬をさす。戦国時代には戦国大名、とくに東国の後北条(ごほうじょう)、武田、上杉、徳川の諸氏による駅制が実施され、宿では問屋が伝馬営業を行った。この伝馬は、軍需物資の輸送、飛脚、家臣の逓送にあたった。伝馬の継立(つぎたて)には一定書式の手形が発行されたが、しだいに専用のものとなった。すなわち後北条氏の虎(とら)の印判、「常調」の二字の上に馬をあしらった印判、武田氏の丸竜の朱印、「伝馬」「船」の印判がある。徳川家康は1601年(慶長6)に公用の書札、荷物の逓送のため東海道各宿に伝馬制度を設定した。徳川家康は「伝馬之調」の印判、ついで駒牽(こまひき)朱印、1607年から「伝馬無相違(そういなく) 可出(いだすべき)者也」の9字を3行にして縦に二分した朱印を使用し、この御朱印のほかに御証文による場合もある。伝馬役には馬役と歩行(かち)役(人足役)とがあり、東海道およびその他の五街道にもおのおの規定ができた。
 伝馬は使用される際には無賃か、御定(おさだめ)賃銭のため、宿には代償として各種の保護が与えられたが、一部民間物資の輸送も営業として認めた。伝馬制度は前述のとおり公用のためのものであったから、一般物資の輸送は街道では後回しにされた。武士の場合でも幕臣が優先されている。民間の運送業者、たとえば中馬(ちゅうま)などが成立して伝馬以外の手段が私用にあたった。1872年(明治5)に各街道の伝馬所、助郷(すけごう)が廃止された。[藤村潤一郎]
『豊田武・児玉幸多編『交通史』(『体系日本史叢書24』1970・山川出版社) ▽児玉幸多著『近世宿駅制度の研究』(1960・吉川弘文館) ▽丸山雍成著『近世宿駅の基礎的研究 一、二』(1975・吉川弘文館)』

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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精選版 日本国語大辞典

てん‐ま【伝馬】
〘名〙
① 逓送用の馬。令制では、主要幹線道に設置された駅馬(えきば)とは別に、各郡ごとに五匹ずつ常置して官人に供給した馬をいう。駅馬がもっぱら急速を要する通信用だったのに対して、伝馬は新任国司の任地赴任、諸種の部領使(ことりづかい)などの不急の公用旅行者が利用した。これは平安初期より衰微したが、戦国時代になると、諸大名は領内支配と軍隊輸送の必要から伝馬制の復活・整備につとめ、本城から国境までの主要幹線道に宿駅をおいて伝馬を常備し、伝令や飛脚の逓送・軍需物資の輸送にあて、伝馬手形を発行してその使用を許可した。江戸幕府もこれを継承し、寛永年間(一六二四‐四四)には制度化して、幕府や諸侯の公用逓送機関として重要な役割を果たした。宿継の馬。
※令義解(833)廐牧「凡諸道置駅馬。〈略〉其伝馬毎郡各五」 〔漢書‐昭帝紀〕
※浄瑠璃・博多小女郎波枕(1718)上「てんまの中々に、物音せばあしからんと、とも綱といてろを押立て」
※歌舞伎・傾城青陽𪆐(1794)二立「今夜は夜通しに村中が、伝馬(テンマ)に取られます」

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旺文社日本史事典 三訂版

伝馬
てんま
古代以来,逓送用に用意された馬
④江戸幕府が宿駅に整備して公用に供した馬
①律令制下,駅馬とともに官吏の公用に供するために備えられた。郡司が管理し,急用のときは駅馬を,不急のときは伝馬を利用した。律令制の衰微とともに衰えた。
②鎌倉時代,荘園領主・地頭などが,農民から徴発して公用に使った馬。
③戦国大名も領内の宿駅に常備し,伝令・物資輸送などにあてた。
東海道100頭,中山道50頭,奥州・日光・甲州各道中各25頭を,宿駅ごとに置いた。

出典:旺文社日本史事典 三訂版
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