@niftyトップ

辞書、事典、用語解説などを検索できる無料サービスです。

佐藤善夫【さとう よしお】

デジタル版 日本人名大辞典+Plus

佐藤善夫 さとう-よしお
1927-1990 昭和後期-平成時代の写真家,美術評論家。
昭和2年3月22日生まれ。母はアメリカ人。コロンビア大卒業後,「ライフ」誌のカメラマンとなり,昭和31年日本特派員として帰国。47年京都市立芸大教授となり,アメリカ美術史を講義した。平成2年5月12日死去。63歳。東京出身。早大卒。アメリカでの名はアーネスト=サトウ

出典:講談社
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

日本大百科全書(ニッポニカ)

佐藤善夫
さとうよしお
(1927―1990)

写真家。音楽評論家からフォト・ジャーナリストに転じ、アメリカでも活躍するが、後年は写真・美術の教育にも力を注いだ。アメリカでの名はアーネスト・サトウErnest Satow。日本人の父とアメリカ人宣教師だった母のあいだに、東京・本郷で生まれる。1949年(昭和24)早稲田大学法学部を卒業。在学中に調査・作成した、1925年(大正14)以降の日本におけるクラシック音楽の総ディスコグラフィーが評価され、GHQ(連合国最高司令官総司令部)の教育機関CIE(民間情報教育局)で、音楽の講師および評論家として活動。CIE図書館で毎週開催されていたレコード・コンサートで解説を担当し、また作曲家・指揮者レナード・バーンスタインの来日招聘を実現。51年に渡米、オクラホマ州立大学に入学し、音楽学・音楽史を専攻する。52年ニューヨークに移住し、コロンビア大学に転入、美術史を専攻するかたわら、アメリカ国際省国際放送局(ボイス・オブ・アメリカ)で音楽番組の制作にたずさわる。56年三菱銀行ニューヨーク支店に就職し、給料からの貯金で写真機材を購入。翌年同行を辞め、写真撮影や暗室処理の技術を独学で身につけて、フリーランスの写真家として活動をはじめる。ぶれの効果をもちいて飛翔する鳥を撮影した「フライング・バーズ」(1957)などの作品がいち早く評価され、58年にMoMA(ニューヨーク近代美術館)に収蔵される。

 60年『ナショナル・ジオグラフィック』誌に、国連総会に参加した旧ソビエト連邦共産党書記長フルシチョフ、インド首相ネルーら、各国首脳のポートレートを発表。同年より『ライフ』誌の委嘱を受け、ニューヨークのハーレムに住むキューバ人移民の生活、アメリカ在住の日本人芸術家などを取り上げた、さまざまなテーマのフォト・エッセイを同誌に発表する。62年『ライフ』誌特派員として来日し、以後、活動の場を日本に置く。68年より京都市立美術大学(現京都市立芸術大学)で教鞭をとり、87年まで写真実技、写真史などの授業を担当。モダニズムの美学に貫かれた姿勢で学生の指導にあたり、のちに美術家として活躍する森村泰昌(やすまさ)、石原友明(1956― )らがその講義助手を務めた。佐藤の没後、98年(平成10)に草月美術館(東京)で彼の写真家としての業績を検証する回顧展が開催された。

[大日方欣一]

『『Y. アーネスト・サトウ写真集』(1998・講談社)』『35mm Negs and Prints(1960, Amphoto, New York)』『Taking Pictures After Dark(1960, Amphoto, New York)』

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

佐藤善夫」の用語解説はコトバンクが提供しています。

佐藤善夫の関連情報

関連キーワード

島津保次郎清水宏マキノ雅広衣笠貞之助伊藤大輔内田吐夢田坂具隆五所平之助斎藤寅次郎地球温暖化防止条約

他サービスで検索

(C)The Asahi Shimbun Company /VOYAGE MARKETING, Inc. All rights reserved.
No reproduction or republication without written permission.

アット・ニフティトップページへ アット・ニフティ会員に登録

ウェブサイトの利用について | 個人情報保護ポリシー
©NIFTY Corporation