@niftyトップ

辞書、事典、用語解説などを検索できる無料サービスです。

価値【かち】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

価値
かち
value; Wert
一般に「道徳的価値」「美的価値」などと使用されるが,さまざまな意味をもっている。 (1) 哲学的には,人間主体欲求や関心に対して対象のもつ意味をいい,それゆえ欲求や関心の度合いにより価値は相対的なものともなる。欲求や関心の種類に応じて,経済的,宗教的,理論的,道徳的などの価値に分けられる。古来,真,善,美,有用性などが哲学上の絶対価値とされてきた。経済学においては有用性の面から物の価値がはかられ,生存における直接的有用性から評価される使用価値と,他の財との相対関係においてもつ交換価値に分けられる。これらの価値の成立,諸価値の体系化を試みる学を価値論 (→価値学説 ) と呼び,価値一般,すなわち真善美などの絶対的価値との関係においてなされる判断を価値判断という。後者は事実判断に対する語。 (2) H.ラスウェルによれば,Aが価値Vに関し,これをBに対して付与ないし剥奪できるとき,AはBの行動様式を支配できるとされている。したがって価値は人間の行動を左右する規範的基準である。この意味で政治とは価値の権威的配分であるといえる。政治において配分される価値は経済的価値 (富) ,社会的価値 (名誉) ,権力という価値である。そしてこの配分の仕方が政策となる。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル大辞泉

か‐ち【価値】
その事物がどのくらい役に立つかの度合い。値打ち。「読む価値のある本」「価値のある一勝」
経済学で、商品が持つ交換価値の本質とされるもの。→価値学説
哲学で、あらゆる個人・社会を通じて常に承認されるべき絶対性をもった性質。真・善・美など。

出典:小学館
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:田中牧郎、曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典 第2版

かち【価値 value】
価値とは,〈主体の欲求をみたす,客体の性能〉である。すなわち価値とは,第1に,人々の欲求に最終的な基礎をおくものであって,なんらかの神秘的なもの,超経験的なもののうちに基礎をもつものではない。ただし〈欲求〉とは,道徳的,芸術的,宗教的,社会的欲求をふくむあらゆる分野において,あるものを“のぞましい”とする傾向のすべてである。第2に価値とは,このように主体の欲求の相関概念であって,対象自体に内在しているものではない。

出典:株式会社平凡社
Copyright (c) Heibonsha Limited, Publishers, Tokyo. All rights reserved.

大辞林 第三版

かち【価値】
物がもっている、何らかの目的実現に役立つ性質や程度。値打ち。有用性。 「 -ある品物」 「 -を損なう」 「言及する-もない」 〔幕末までは「価直かちよく」が用いられた〕
〘哲〙 善きもの・望ましいものとして認め、その実現を期待するもの。内在的なもの・手段的なものなどにわかれるが、特に、真・善・美など、普遍妥当性をもった理想的・絶対的価値をいう。
〘経〙 商品の価格の背後にあって、それを規定しているもの。その本質・源泉のとらえ方によって客観価値説(労働価値説)と主観価値説(効用価値説)とが対立する。 〔この語はprice の訳語の一つとして「英和記簿法字類」(1878年)に、またvalue の訳語として「附音挿図英和字彙再版」(1882年)に載る〕

出典:三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

日本大百科全書(ニッポニカ)

価値
かち
valueworth
われわれが生活していくうえでの必要や欲望を満たし、われわれに満足を与えるものは、いずれも価値あるものとされるが、その代表は商品であり、その場合の価値は経済的価値である。だが、こうした経済的価値とは別に、さまざまな価値がある。商品ではなくても、ある人にとって快適なものは、その人にとって快適価値をもつし、健康といったものも生命にとって価値あるものであり、生命価値を備えている。さらには、人間の精神的活動に満足を与えるものとして、論理的価値(真)、道徳的価値(善)、美的価値(美)、宗教的価値(聖)などがあげられる。
 精神的価値の場合にとくに明らかであるが、価値はそれ自体としては、さまざまな事物のように、人間を離れて実在しているわけではない。価値は、価値を感得する人間の存在をまって初めて存在する。またある人にとって価値あるものでも、他の人にとってそうではない場合もある。とはいえ、各人が何に価値をみいだすかに関して相違があるにしても、真善美といった価値そのものは、各人がそれを認めると認めないとにかかわらず、客観的に存立するとみることができ、そこから新カント学派のリッケルトは、価値の客観性を「妥当性」Gltigkeitという語で表現し、妥当する価値を中心とする価値哲学を樹立した。
 また、現象学派に属し実質的価値倫理学を展開したシェラーは、さまざまな価値の間に高低の序列があるとし、(1)永続的な価値ほど高い、(2)分割できない価値ほど高い、(3)ほかの価値によって基礎づけられない価値ほど高い、(4)感得する際に与えられる満足の深い価値ほど高い、(5)人間の感性面に局限されない価値ほど高い、という序列決定の基準を示した。つまり快適価値よりも生命価値が、生命価値よりも精神的価値が高く、精神的価値のうちでは宗教的価値が最高であるとした。
 なお、カントによると、人間の欲求を満たすものは市場価格をもち、趣味を満足させるものは感情価格をもつが、これらはいずれも外的で相対的な価値であり、等価物の存在を許すが、これに反して、道徳的でありうる限りでの各人の人間性は、何にも置き換えられない内的にして絶対的な価値をもつ。この価値が「尊厳」Wrdeであって、人格の尊厳を強調するカントは、道徳的価値を最高の価値とみていることになる。[宇都宮芳明]

経済学における価値

人は物(商品)になんらかの経済価値を認めなければ、金を払って買おうとはしない。この場合、実際に支払うのは、その物の価格額だけの貨幣であるが、その価格は絶えず変動している。それに対して、価値は、その物に根本的な変化がない限り変化しないもの、現象的な価格の背後にあってそれを規制している本質的なもの、であると考えられる。経済学においては、まず第一に、この価格の形成機構の本質的ないし統一的説明原理として価値論または価値理論が展開された。
 物(商品)といっても、消費財もあれば生産財もあり、さらにそれらに無数の種類があり、その用途も質もすべて異なる。にもかかわらずすべてが同質の貨幣価格によって表現され、売買される。この異質なものの根底に、なにか同質な共通なものがあるからこそ、同質な貨幣価格によって表現されるのではないか。この同質な共通なものとして価値をとらえたい。これが価値論の第二の要請であった。
 この二つの要請を満たすものとしての価値を、労働、生産費など広義の費用に求めるのが客観価値説であり、それを人間の欲望を満たす性質つまり効用に求めるのが主観価値説である。[一杉哲也]
客観価値説
イギリス古典派経済学の創始者アダム・スミスは、価値ということばに二つの違った意味があり、ときには、その物の使用が人間に与える効用を表し、ときには、その物の所有が他の財貨を購買する力を表す、とする。そして、前者を使用価値、後者を交換価値とよんだ。スミスは、水とダイヤモンドの例をあげて両者の区別と関連を指摘したにとどまり、価値をもっぱら交換価値のことだとして、結局それを労働量によって説明した。もっとも、その労働量も、投下労働量(ある財の生産のために投下された労働量)であるとも、支配労働量(ある財が交換によって支配し購買しうる労働量)であるともいっており、明確ではなかった。ともかく、スミスは、単に需要供給の関係によって説明するのではなく、現象的な市場価格の変動の基礎になんらかの原因を追求し、それを労働に求め、内面的、統一的に説明しようとしたのである。これが労働価値説であり、古典学派においてはリカードによってとくに体系的に展開された。しかし、リカードの労働価値説もかならずしも首尾一貫していたわけではなく、その理論的弱点の解決と克服は、マルクスまでまたなければならなかった。
 他方、同じくスミスを出発点として、生産要素の価格によって説明するいわゆる生産費説が、J・S・ミルらによって展開された。しかし生産費そのものがいかなる統一的価値原理によって説明されるのか、という点を考えると、この価値説も一貫性を欠くことになる。[一杉哲也]
主観価値説
1870年代には、欲望ないし効用の側から価値を説明しようとする限界効用学説あるいは主観価値説とよばれる学説が、C・メンガー、W・S・ジェボンズ、L・ワルラスらによって展開された。彼らは、財の価値は、財に固有の属性ではなく、人間が下す判断であり、ある財の一単位の主観的価値はその財の限界効用によって決定され、その財に対する人間の欲望が大きければ大きいほど、また財の数量が少なければ少ないほど、大きいとした。すなわち、財の価値は、その財に対する欲望の強さとその供給量によって定まるとしたのである。
 この理論の第一の問題点は、消費財の価値は説明できるにしても、それ自体に人間が効用を感じないはずの生産財の価値を、どう説明するかという点にある。これに対しては、生産財が消費財を生産するのだから、後者に与えられる主観価値が前者に反映・帰属するという説明がなされる。
 第二は、欲望したがって効用の測定は不可能であること、財の限界効用はその価格によって規定されるため、限界効用から価格を説明するのは循環論ではないか、などの批判である。これに対しては、ワルラスの流れをくむV・F・D・パレートによって、効用測定を迂回(うかい)して理論をつくる選択理論が展開され、さらに価値論そのものを必要としないとする理論体系が成立するようになる。
 かくして今日では、マルクス経済学を除くと、価値の問題は、経済理論としてあまり問題にされなくなっている。[一杉哲也]
マルクス経済学における価値
マルクス経済学においては、価値は次のように考えられている。
 社会的分業と生産手段の私的所有に基づく商品生産社会(商品生産は資本主義社会において最高度の発展を遂げる)においては、労働生産物は商品として交換される。独立して営まれる個々人の私的労働は、この商品交換を媒介として社会的連関を取り結ぶのである。ところでこの商品は使用価値と価値という2要因をもつ。この2要因を統一したものが商品である。このうち使用価値は、それぞれの属性によって人間のなんらかの種類の欲望を満たすという商品自体に備わった有用性であるのに対して、商品の価値は、他の商品との交換関係のうちでしか現れえない。いま、米と綿布という任意の商品を取り上げ、これらが、「米5キログラム=綿布1反」という比率で交換されるものとしよう。米と綿布という使用価値のまったく異なったものが一定の比率で交換されるのはなぜか。交換は同等性なしにはありえないのであり、交換が行われる以上、両者は共通の第三者に還元されうるものでなければならない。この交換を成立させている第三の共通物が価値である。
 では、商品の価値の実体はなにか。米と綿布とは使用価値としてはまったく異なったものであるから、使用価値が両者に共通なものでないことは明らかである。したがって、両者に共通なものを導き出すためには、使用価値を捨象してみればよい。そうすれば、そこに残るのは、両者に共通な労働生産物という性質である。米は農業労働、そして綿布は織物労働という相異なる具体的・有用的労働によって生産されたのであるが、商品の使用価値を捨象しているので、これらの労働の相異なる具体的・有用的形態はすでに消失し、そこには、労働の支出の形態にかかわりのない無差別な人間的労働、すなわち抽象的・人間的労働の結晶が、両者に共通なものとして残っている。この抽象的・人間的労働こそが価値の実体であり、商品は、その生産においてこのような人間的労働が支出され、それが堆積(たいせき)されているがゆえに価値をもつのである。
 では、商品の価値の大きさはいかにして度量されるのか。抽象的・人間的労働の対象化が商品価値の実体であるがゆえに、その大きさは労働の分量すなわち労働時間によって度量される。商品生産社会においては無数の商品生産者が同一の使用価値の生産に携わっており、それらの個別的労働時間は異なるが、商品価値の大きさを規定するものは、そうした個別的労働時間ではなく、その商品を生産するのに社会的・平均的に必要な労働時間である。この社会的に必要な労働時間だけが価値を形成するものとして計算されるのである。この社会的必要労働時間とは、現存の社会的・標準的な生産諸条件と労働の熟練および強度の社会的な平均度とをもって、なんらかの使用価値を生産するために必要とされる労働時間であり、それは労働生産力の変動につれて変動する。労働生産力が上昇した場合、同じ時間内に以前よりもより多くの使用価値が生み出されるので、商品1単位当りの価値は低下する。さらに単純労働と複雑労働の相違も考慮しなければならない。前者は、平均的にだれでも普通の人間が特別の発達なしにその肉体のうちにもっている単純な労働力の支出であり、後者は、熟練を要する労働である。複雑労働は倍加された単純労働としてのみ意義をもち、同じ時間内に単純労働よりもより大きな価値を生み出す。このように一商品の価値の大きさは、労働の分量に正比例し、労働生産力に逆比例して変動する。
 以上の価値規定から明らかなように、商品価値は純粋に社会的なものである。したがって、商品は人間的労働が対象化されている限り内在的な価値をもち、労働時間がその内在的価値尺度となるのであるが、それを自分では表現することができず、他の商品の使用価値によってしか表現されえない。このような諸商品の価値表現の材料としての地位を最終的に独占するようになった商品が金であり、このような一般的等価物の役割を果たすものとして金は貨幣となる。商品価値を貨幣商品=金の一定量で表現したものが価格である。商品の価値の大きさの指標としての価格は、その商品の貨幣との交換関係の指標であるとしても、そのことが必然的にその商品の価値の大きさの指標だとはかならずしもいえない。
 生産が無政府性的に行われている商品生産のもとでは、需給が一致することはまれであるがゆえに、需要が供給を超過している場合には価格は価値以上に騰貴し、逆の場合には価格は価値以下に低下するというように、需給関係の変動によって価格は絶えず価値から乖離(かいり)しているからである。しかし長期的・平均的にみると、価格は価値に引き付けられ、それに収斂(しゅうれん)する傾向をもっている。したがって、価値が社会的必要労働時間によって規定されるという法則=価値法則は、価格の不断の変動を通して長期的・平均的に貫徹するのである。[二瓶 敏]
『C・メンガー著、安井琢磨訳『国民経済学原理』(1937・日本評論社) ▽カール・マルクス著、長谷部文雄訳『資本論』第1巻第1篇(1954・青木書店) ▽カール・マルクス著、武田隆夫他訳『経済学批判』(岩波文庫) ▽飯島宗享・小倉志祥・吉沢伝三郎編『シェーラー著作集第1~3巻 倫理学における形式主義と実質的価値倫理学』(1976~80・白水社) ▽カント著、篠田英雄訳『道徳形而上学原論』(岩波文庫) ▽E・v・ボェーム・バベルク著、長守善訳『経済的財価値の基礎理論』(岩波文庫)』

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

精選版 日本国語大辞典

か‐ち【価値】
〘名〙
① 物事のもっている値うち。あたい。かちょく。〔英和記簿法字類(1878)〕
吾輩は猫である(1905‐06)〈夏目漱石〉三「研究する価値があると見えますな」
② 人間の基本的な欲求、意志、関心の対象となる性質。真、善、美、聖など。
③ ある目的に有用な事物の性質。使用の目的に有用なものを使用価値、交換の目的に有用なものを交換価値という。

出典:精選版 日本国語大辞典
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

最新 心理学事典

かち
価値
value
自分が,重要だと考えたり感じたりする対象(もの・人・こと)が価値であると考える立場(価値の客体説)では,重要だとされる物(古い写真)・人(亡くなった母親)・こと(良い思い出)にいずれも重要と判断される特質(懐かしさを引き起こす)があると考えて,それを価値とよぶ。しかし,古い写真などに価値があると考えるのは当の本人だけであって,他人にはまったくその価値がわからない。そこで,価値とはこうした対象に価値づけをする人の心理にあると論じる立場がある(価値の主体説)。この立場での価値は,ある対象を重要と考えさせる内的な基準や判断の物差しが人によって違うとされる。この基準や物差しが違うために,同じ対象について他人とは別の考えや気持ちがもたれることになる。さらにいえば,同じ対象も時間の経過の中でその評価がしだいに変わっていく。古い写真を重要と感じるようになったのは,自分が高齢になって,それまではそうとは思ってもみなかったという変化がある。このように,対象とのかかわりの中から価値が生まれ,またそれが変化していくことに注目する立場がある(価値の交渉説)。

 心理学では主体説や交渉説に立って価値を論じることが多いが,その際には客体説でいう価値との混同を避けるために,価値観valuesとか価値態度という言い方がされる。

 シュプランガーSpranger,E.(1914)による価値の類型論は,価値の対象の領域を確定しようとした仕事である。そこでは,生活の様式が理論的・経済的・審美的・政治的・社会的・宗教的の六つの類型に分類されている。この議論を手がかりにして作成されたオルポートAllport,G.W.とバーノンVernon,P.E.(1928)の価値尺度study of values(1951年にリンゼーLindzey,G.が加わり改訂版作成)では,この六つの価値領域についてどの程度重視するかが測定されている。ゴードンGordon,L.V.と菊池章夫(1975)によると,特性論的傾向はいっそう明確であって,価値は「個人がそれを重要と考える一般化された行動,あるいは事態を示す構成概念」と定義されている。ここでいう一般化された行動とは,先に見た「もの・人」とのかかわりであり,事態は「こと」についての問題である。ゴードンによって1960年に開発された対人的価値尺度study of interpersonal valuesでは,対人関係で重視される価値の特性として,支持的・同調的・承認的・独立的・博愛的・指導的の六つが取り上げられている。1967年のゴードンの個人的価値尺度study of personal valuesでは,実際的・達成的・多様的・独立的・秩序的・目標指向的の六つの価値の特性が測定されるようになっている。この二つの価値尺度が測定しようとしているのは,明らかに価値観である。

 価値観は価値態度とほぼ同じ意味であるが,価値意識についても同じことがいえる。ただこの場合は,態度がある対象への行動の準備状態として理解されるのに対して,価値意識という用語はやや多義的で,曖昧な概念である。また,オルポートたちの尺度での価値の特性は,個人の重視する行動領域としてのライフテーマに近いし,ゴードンの二つの価値尺度は,個人の行動のスタイルであるライフスタイルを測定しているとも考えられる。
〔菊池 章夫〕

出典:最新 心理学事典
Copyright (c) Heibonsha Limited, Publishers, Tokyo. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

価値」の用語解説はコトバンクが提供しています。

価値の関連情報

他サービスで検索

「価値」のスポンサー検索

(C)The Asahi Shimbun Company /VOYAGE MARKETING, Inc. All rights reserved.
No reproduction or republication without written permission.

アット・ニフティトップページへ アット・ニフティ会員に登録

ウェブサイトの利用について | 個人情報保護ポリシー
©NIFTY Corporation