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修学院離宮【しゅがくいんりきゅう】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

修学院離宮
しゅがくいんりきゅう
京都市左京区修学院町に所在。後水尾上皇によって造営され,明暦1 (1655) 年に着工万治2 (59) 年頃完成。また寛文8 (68) 年に増築された。域内は上,中,下の御茶屋に分れ,それぞれ独立した庭園もち山腹の田のを伝ってこれらを立体的に楽しめるよう構成している。比叡山麓の傾斜地と豊かな水流を利用した日本庭園としてはまれにみる雄大な構想をもつ。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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デジタル大辞泉

しゅがくいん‐りきゅう〔シユガクヰン‐〕【修学院離宮】
京都市左京区の比叡山西にある離宮。旧後水尾上皇山荘。上(かみ)・中(なか)・下(しも)の各茶屋に分かれ、庭園美で知られる。しゅうがくいんりきゅう。

出典:小学館
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世界大百科事典 第2版

しゅがくいんりきゅう【修学院離宮】
京都市左京区,比叡山南西麓に近い修学院の地に営まれた後水尾上皇(後水尾天皇)の山荘。上(かみ),中(なか),下(しも)の三つの御茶屋(庭園区)よりなり,松並木の小道で連絡している(江戸時代は畦道)。1655年(明暦1)着工され,上皇みずからの構想のもと,59年(万治2)に下の御茶屋,2年後の61年(寛文1)に上の御茶屋の大池ができ,上皇は理想の山荘を完成させた。ただし中の御茶屋は1884年に林丘寺境内の約半分が離宮に編入されたものである。

出典:株式会社平凡社
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大辞林 第三版

しゅがくいんりきゅう【修学院離宮】
京都市左京区修学院室町にある後水尾上皇の山荘。平安時代の僧、勝算創建の寺があった地に、万治年間(1658~1661)徳川家光が上皇を慰撫するために造営した。上の茶屋・中の茶屋・下の茶屋に分かれているが、特に上の茶屋の雄大な借景が名高い。しゅうがくいんりきゅう。

出典:三省堂
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家とインテリアの用語がわかる辞典

しゅがくいんりきゅう【修学院離宮】
京都市左京区、比叡山(ひえいざん)の麓(ふもと)に建てられた後水尾(ごみずのお)上皇の別荘(離宮)。17世紀中期に、当代随一の趣味人といわれた上皇がみずから計画に参画し、6年余の歳月をかけて造営。上・中・下の3つの茶屋と、それぞれに付属する庭園からなる。桂離宮(かつらりきゅう)とともに、江戸時代に作られた名庭園として知られる。

出典:講談社
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事典 日本の地域遺産

修学院離宮
(京都府京都市左京区修学院室町)
美しき日本―いちどは訪れたい日本の観光遺産指定の地域遺産。

出典:日外アソシエーツ「事典 日本の地域遺産」
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精選版 日本国語大辞典

しゅがくいん‐りきゅう ‥ヰン‥【修学院離宮】
京都市左京区、比叡山西側のふもとの斜傾地にある離宮。旧後水尾上皇山荘。万治二年(一六五九)落成。上(かみ)の茶屋、中(なか)の茶屋、下(しも)の茶屋の三つからなる。窮邃(きゅうすい)軒、隣雲亭、楽只(らくし)軒などの茶亭や書院などの建物をもち、中の茶屋客殿の霞棚(かすみだな)は桂離宮、醍醐寺三宝院と共に三棚の一つ。しゅうがくいんりきゅう。すがくいんりきゅう。

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しゅうがくいん‐りきゅう シウガクヰン‥【修学院離宮】

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旺文社日本史事典 三訂版

修学院離宮
しゅがくいんりきゅう
江戸初期,後水尾上皇が京都洛北に営んだ離宮
上皇の設計・意匠により,幕府援助で造営された。上・中・下三つの茶室に分かれ,山裾の広い傾斜地を生かしてつくられた庭園をもつ。比叡山の西の一角を占め,上の茶屋鄰雲 (りんうん) 亭からの眺めは離宮随一。現在は宮内庁が管理。

出典:旺文社日本史事典 三訂版
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