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傭兵【ようへい】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

傭兵
ようへい
mercenary
志願の一変種で,一般人や外国人を金銭的雇用関係によって軍隊に組織する制度,およびその兵士のこと。忠誠心が弱く,兵卒素材としては劣悪なことが多いが,自国民の温存はかり,または兵力不足を補うためよく使われた。古代ギリシア末期に各ポリスが雇った兵,ローマ帝国末期のゲルマン傭兵軍,中国で8世紀以後,五代,宋の時代に兵の主力となった傭兵部隊,中世末期イタリアなどの新興都市や絶対君主が雇った傭兵隊や傭兵隊長 (→コンドッティエーリ ) などは歴史上有名である。近年ではバチカン教皇庁に雇われているスイス人傭兵,フランスがアフリカ植民地の支配に用いた外人部隊,第2次世界大戦後のアフリカ諸国の独立に伴い,それらでみられる雇い入れの外人部隊などがある。

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デジタル大辞泉

よう‐へい【×傭兵】
雇用契約でやとわれている兵。雇い兵。

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世界大百科事典 第2版

ようへい【傭兵】
金銭で雇われる軍人集団をいうが,その歴史はきわめて古い。前5世紀末,ギリシア人傭兵1万がペルシア王弟キュロスのために遠征したことは,クセノフォンの《アナバシス》に詳しい。中世では,戦力の主体は騎士とされていたが,傭兵の存在も知られている。1167年ブラバント人傭兵が当時イタリアにいたドイツ・神聖ローマ皇帝のもとに集結すべく南下した際,クリュニー修道院領を通過した。時の院長の書簡には〈ペスト発生に等しい災いである。

出典:株式会社平凡社
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日本大百科全書(ニッポニカ)

傭兵
ようへい
mercenary 英語
Landsknecht ドイツ語
lansquenet フランス語

金銭による報酬を条件に軍隊に参加する兵士。Mercenaryの語源は報酬mercesである。傭兵は普通、集団で契約(コンドッタ)condottaを交わし、その統率者を傭兵隊長(コンドッティエーレ)condottiereといった。

 歴史的にみると、古代ギリシアの都市国家(前8~前4世紀)や、下ってナポレオン戦争(1799~1815)以後の近代国家では、国家構成員のうち青壮年男子に軍隊への参加が義務づけられていたし、また中世封建時代は主従関係によって家臣は主君の軍隊に参加するのが義務となっていた。ところがギリシア都市国家の末期になって、義務であった市民の軍隊参加を嫌う者が増え、いきおい戦争(たとえばペロポネソス戦争〈前431~前404〉)には金銭で応じる傭兵が重要視されてきた。これが傭兵の始まりといわれる。

 ついでマケドニアのアレクサンドロス大王のペルシア遠征(前334~前324)のように、広大な地域で戦争をするには大量の軍隊が必要となり、征服地の先住民を傭兵に採用せざるをえなかったこともある。

 戦争が大規模化すれば兵力が不足し、やむをえず傭兵への依存が高まるといった例は、ジャンヌ・ダルクの登場で有名な英仏の百年戦争(1338~1453)があげられる。この戦争によって、長期戦では兵士の補給に勝った側が最終的に勝利者となることが示された。この戦争でイギリスに勝ったフランスのシャルル7世(在位1422~61)の傭兵を中心とした強力な常備軍が各国の模範となり、歴史上、傭兵がもっとも活躍した時期(15~16世紀)となる。以後この形態はナポレオン戦争期まで続いた。

 この時期の傭兵の供給源をみると、十字軍遠征(1096~1270)の退潮に伴い、活動の場を失ったヨーロッパ各地の、相続すべき封土のない次男以下の封建家臣、平騎士などが主であった。彼らは十字軍遠征にかわって大空位時代(1256~73)の神聖ローマ帝国内の諸侯の対立、政争の絶え間ないイタリアでの戦闘に活動の場をみいだし、傭兵なしでは対応策もたてられない中世末期の君主、諸侯間の政争に東奔西走したのである。傭兵の出身地はドイツ、イギリス、フランス、イタリア、スイスなどであったが、このうちスイスの傭兵はもともとスイスの各州(誓約同盟)の独立のため武装した農民兵士であって、独立達成(1499)後はスイスの経済的貧困を打開するため、ヨーロッパ各地の傭兵となって働いたもので、傭兵契約は州当局が行うという特殊な存在であった。スイスの傭兵は勇敢で契約に忠実ということで人気が高かった。スイスの傭兵は今日、バチカン市の法皇庁警備兵にその名残(なごり)をみることができる。

 しかし一般に傭兵はマキャベッリが『君主論』で批判しているように、戦闘技術に優れてはいるものの、忠誠心が薄く生死を賭(と)した一戦には不向きといわれた。また三十年戦争(1618~48)によるヨーロッパの荒廃の一因が、君主から給与支払いを受けられなくなった傭兵が略奪の限りを尽くしたことにあるといわれたように、無法な戦闘者集団としての傭兵は同戦争以降しだいに敬遠され、国民軍にとってかわられるようになった。

 その後傭兵は、アメリカ独立戦争(1775~83)の際、イギリスに雇われたドイツ人傭兵Hessiansを除くと姿を消し、防衛にも攻撃にも、国民意識に目覚め、信頼しうる国民軍が主流となり今日に至っている。なお、第一次世界大戦前後から知られるようになった外人部隊(「外人部隊」参照)は、本質的には傭兵と同じであるが、主として帝国主義諸国が植民地の治安維持、暴動鎮圧などの目的で編成した補助部隊であり、傭兵とはいちおう区別して扱われる。

[藤村瞬一]

『アルフレート・ファークツ著、望田幸男訳『軍国主義の歴史 第1巻 封建騎士団から大衆軍隊へ』(1973・福村出版)』『マイケル・ハワード著、奥村房夫他訳『ヨーロッパ史と戦争』(1981・学陽書房)』『堀米庸三編『世界の歴史 第3巻 中世ヨーロッパ』(中公文庫)』『大野真弓編『世界の歴史 第8巻 絶対君主と人民』(中公文庫)』

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精選版 日本国語大辞典

よう‐へい【傭兵】
〘名〙 兵士、兵隊を雇うこと。傭兵制によって兵士を得ること。また、その兵士。雇兵。古くは古代エジプト時代に存在し、古代ローマ帝国末期のゲルマン傭兵軍やルネサンス期イタリアで活躍した傭兵隊、フランス革命の時ルイ一六世の護衛をしたというスイス人傭兵などが知られる。また、バチカン教皇庁の衛兵はスイス人傭兵である。
※明治六年暴動一件諸報告(1873)石川雪大野より九日十字帰庁報告「両参事殿にも坂井・今立より追々凱帰、傭兵も随って解伍相成候条」

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旺文社世界史事典 三訂版

傭兵
ようへい
俸給をめあての志願者の中から雇われた兵士
西洋ではギリシアのポリス崩壊期や共和政ローマ末期に現れ,中世末期には下級貴族や騎士を中心とする傭兵軍団が発生した。特にイタリアのコンドティエーレ(傭兵隊長)に率いられた傭兵隊や,よく訓練されたスイス人歩兵隊,ドイツのシュワーベン農兵隊などはよく知られ,これがしだいに絶対王政下の国王直属の常備軍に改編され,傭兵的常備軍が出現する。

出典:旺文社世界史事典 三訂版
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