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元老院【げんろういん】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

元老院
げんろういん
1875年4月 14日のいわゆる「立憲政体を立つるの」に基づき,それまでの太政官左院に代って設立された立法機関。同時に右院に代って大審院がおかれ,残置された正院とともに三権分立の形式がとられた。議長,副長,幹事議官から構成され,新法制定,旧法の改正を議定し,諸建白を受けるところとされたが,政府には元老院の議を経なくても法律を制定できる道があったから,厳密な三権分立の意味の立法機関ではなかった。 90年帝国議会の開設によって廃止されるまで,立法上果した役割は大きく,その活動は元老院の会議録で,公刊された『元老院会議筆記』によりうかがうことができる。なお日本初の官選憲法草案「日本国憲法」はここで作成されたが,同草案は廃案となった。

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デジタル大辞泉

げんろう‐いん〔ゲンラウヰン〕【元老院】
古代ローマの立法・諮問機関。共和政期には政治の運営の中心機関となったが、帝政期には権限が縮小された。
明治8年(1875)左院後身として設置された立法機関。明治23年(1890)帝国議会の開設により廃止。

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世界大百科事典 第2版

げんろういん【元老院 senatus[ラテン]】
古代ローマで王に助言した氏族長老の集い,共和政期には公職者の諮問機関貴族平民終身議員300名を初めはコンスルが,前4世紀末からケンソル信望と勢威を基準に選任した。後にもっぱら元公職者を選び,議員序列も元ケンソル以下,公職序列に準じた。命令権に基づき,通例コンスルが会議を招集し,議題提示,序列順の指名諮問,採決を主導した。最初に指名される最長老議員の発言は大勢の予示として重視され,逆に発言者へ歩み寄る(賛意表明)だけの議員もいた。

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げんろういん【元老院】
明治期の立法諮問機関。1875年4月設置。同年1月の大阪会議で立憲政体への移行の合意が成立し,4月に漸次立憲政体を立てるとの詔勅が発せられ,立法機関として元老院,地方官会議,司法機関として大審院が設置された。立法機関としては法典編纂を主とした左院があったが,これが廃止されるとともに,欧米諸国の議会上院になぞらえて元老院が設けられたのである。元老院は議長,副議長および議官からなり,書記官,書記生が事務を分掌した。

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大辞林 第三版

げんろういん【元老院】
1875年(明治8)左院にかわって設置された立法機関。90年国会開設に伴って廃止された。
古代ローマの最高の立法・諮問機関。貴族・富裕者で高位の官職を経た者が任ぜられ、特に共和制期には政治運営の中心であった。

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日本大百科全書(ニッポニカ)

元老院
げんろういん
明治前期の立法審議機関。1875年(明治8)4月14日、大阪会議での合意に基づき大審院(だいしんいん)とともに設置された。左院(さいん)の職掌を引き継ぎ、新法の制定と旧法の改正を議定することを基本的権能としたが、議案は内閣から下付され、急を要する場合は便宜布告後、検視に付する(事後承認を求める)など、立法権はきわめて弱かった。81年までの議案287件のうち、検視は193件に上る。76年から80年にかけて憲法起草に従事し、3次にわたって「日本国憲按(あん)」を作成したが、政府首脳部の拒否により廃案となった。初期の書記官には大井憲太郎、中江兆民(ちょうみん)、沼間守一(ぬまもりかず)、島田三郎ら、のちに自由民権運動の指導者となる新進知識人たちがいた。また、佐々木高行を中心とする議官層は、権限の強化を求めて政府当局者としばしば対立した。
 1890年10月20日、帝国議会が開設されるため廃止。扱った議案は合計759件で、審議状況は「元老院会議筆記」によって知ることができる。なお、建白書の受理も元老院の管轄であった。[大日方純夫]
『大日方純夫・我部政男編『元老院日誌』全4巻(1981~82・三一書房)』

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精選版 日本国語大辞典

げんろう‐いん ゲンラウヰン【元老院】
〘名〙
① 古代ローマの立法・諮問機関。王政時代には氏族の長で構成されたが、共和政時代には貴族と任期終了後の政務官から選ばれ、強大な力をもった。任期は終身で最初三〇〇名、のち六〇〇名、二〇〇〇名と増加、帝政時代には無力化した。
② フランス総裁政府時代の上院。一七九五年創設。五百人会の提出する法案を票決した。
③ ナポレオン時代の上院。一七九九年創設。一八一四年廃止。
④ 明治初期の立法上の諮問機関。政府、大審院と並び三権分立を確立するため明治八年(一八七五)太政官の左院を廃して設置。議長は左・右大臣。議官は華族・官僚などから勅任。権限は弱く、日本最初の官撰憲法草案を作成したが廃案。同二三年(一八九〇)帝国議会の開設により廃止。〔元老院・大審院設置及び地方官召集の詔‐明治八年(1875)〕

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旺文社世界史事典 三訂版

元老院
げんろういん
senatus
古代ローマの政治機関で,共和政時代の実質上の支配機関。「セナトゥス
王政時代から存在し,氏族の長によって構成されていたという。議員の任期は終身で,定員は最初100人であったが,ついで300人となり,スラのとき600人,カエサルのときには900人となった。宣戦講和条約徴税等に関する事実上の裁定権をもつなど,共和政期のローマの最高機関であった。帝政ローマの成立とともに,形式上の権限は保持したが,実質は無力化した。

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旺文社日本史事典 三訂版

元老院
げんろういん
明治前期,国会開設以前の立法機関
1875年の大阪会議の結果,太政官の正院・左院・右院のうち,立法部門は左院を廃し元老院を,司法部門は右院に代えて大審院を設置し,三権分立の形がとられた。'78年元老院で憲法草案(日本国憲按)を作成したが,岩倉具視らの不満をかい,'80年修正案も廃棄された。'90年帝国議会開設に伴って廃止。

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