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八百屋お七【やおやおしち】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

八百屋お七
やおやおしち
[生]寛文8(1668).江戸
[没]天和3(1683).3.29. 江戸
江戸本郷駒込の八百屋の娘。天和2 (1682) 年 12月江戸の大火で円乗寺に避難の際,寺小姓山田佐兵衛と情を通じ,再会を願うあまり放火,火刑になった。井原西鶴の浮世草子『好色五人女』に書かれて以来,多くの歌舞伎浄瑠璃に脚色された。

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デジタル大辞泉

やおや‐おしち〔やほや‐〕【八百屋お七】
[1668~1683]江戸前期、江戸本郷にいた八百屋の娘。天和2年(1682)の大火の際に避難した寺で寺小姓と恋仲となり、再会したい一心で放火して、火刑に処された。井原西鶴の「好色五人女」に取り上げられてから、浄瑠璃・歌舞伎などに脚色された。
浄瑠璃。世話物。3巻。紀海音作。正徳4年(1714)から享保2年(1717)ごろ大坂豊竹座初演。題材とした最初の浄瑠璃作品。別名題「八百屋お七恋緋桜(こいのひざくら)」。

出典:小学館
監修:松村明
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デジタル版 日本人名大辞典+Plus

八百屋お七 やおや-おしち
?-1683 江戸時代前期の女性。
江戸本郷の八百屋の娘。天和(てんな)2年の大火で正仙院(一説円乗寺)に避難したとき,寺小姓と恋仲になり,再会したい一念から自宅に放火。捕らえられ,天和3年3月29日鈴ケ森火刑に処せられた。のち井原西鶴(さいかく)の「好色五人女」にえがかれ,歌舞伎,浄瑠璃(じょうるり)などに脚色された。

出典:講談社
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江戸・東京人物辞典

八百屋お七
1666〜1683(寛文6年〜天和3年)【町人】娘十七、文字通り恋に身をこがして火あぶりに。 江戸本郷の八百屋の娘。1682年12月天和の大火の際、檀家寺の円乗寺に一家が避難。そこで出会った小姓生田庄之助恋心を抱き、翌年3月自分の家に放火。未遂に終わるが、放火犯として鈴ケ森で火刑に処された。純心な恋心と、17歳という若さが庶民同情を呼び、井原西鶴の「好色五人女」や歌舞伎、浄瑠璃の題材となった。

出典:財団法人まちみらい千代田
監修:江戸東京博物館 都市歴史研究室長 北原 進
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世界大百科事典 第2版

やおやおしち【八百屋お七】
?‐1683(天和3)
浄瑠璃,歌舞伎のヒロインとして有名な江戸時代の女性。江戸本郷追分の八百屋太郎兵衛の娘という。1682年(天和2)12月28日,駒込大円寺から出火,東は下谷,浅草,本所を焼き,南は本郷,神田日本橋に及び,大名屋敷75,旗本屋敷166,寺社95を焼失,焼死者3500名という大火があった。その際,家を焼かれ,駒込正仙寺(一説に円乗寺)に避難したお七は寺小姓の生田庄之助(一説に左兵衛)と恋仲となった。家に戻ったのちも庄之助恋しさのあまり,火事があれば会えると思い込み,翌年3月2日夜放火したがすぐ消し止められ,捕らえられて引廻しのうえ,3月29日鈴ヶ森の刑場で火刑に処せられたというのが実説である。

出典:株式会社平凡社
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大辞林 第三版

やおやおしち【八百屋お七】
1668~1683 江戸本郷駒込の八百屋の娘。1682年の火事で檀那寺に避難した折に恋仲となった寺小姓に再会できると思い放火し、捕らえられ火刑に処された。井原西鶴が「好色五人女」に書き、また、歌舞伎「八百屋お七歌さいもん」、浄瑠璃「伊達娘恋緋鹿子だてむすめこいのひがのこ(通称「櫓のお七」)」など多数の作に脚色された。

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日本大百科全書(ニッポニカ)

八百屋お七
やおやおしち
浄瑠璃(じょうるり)、歌舞伎(かぶき)などのヒロインとして有名な女性。巷説(こうせつ)によると、江戸本郷追分(おいわけ)の八百屋太郎兵衛の娘で、1682年(天和2)12月28日に駒込(こまごめ)の大円寺から出火した大火で同地の正仙寺(一説に円乗寺)に避難した際、寺小姓生田庄之助(いくたしょうのすけ)(一説に左兵衛)と恋仲になり、家に戻ったのち、吉祥寺(きっしょうじ)門前に住むならず者吉三郎にそそのかされ、火事があれば庄之助と会えると思い込み、翌年3月2日夜放火して捕らえられ、同29日鈴ヶ森の刑場で火刑に処せられたという。これが小姓吉三(きちさ)とのいわゆる「お七吉三」の悲恋物語として、3年後には井原西鶴(さいかく)の『好色五人女』に扱われ、元禄(げんろく)(1688~1704)ごろには歌祭文(うたざいもん)にうたわれて有名になり、広く劇化されるようになった。浄瑠璃では紀海音(きのかいおん)作『八百屋お七歌祭文』(1704)に始まり、代表作は菅専助(すがせんすけ)の『伊達娘恋緋鹿子(だてむすめこいのひがのこ)』(1773)。歌舞伎では最古の作といわれる『お七歌祭文』(1706)でお七に扮(ふん)した嵐喜代三郎(あらしきよさぶろう)の定紋「丸に封じ文」が、舞台のお七の紋として固定、また福森久助作『其往昔恋江戸染(そのむかしこいのえどぞめ)』(1809)で5世岩井半四郎の着た麻の葉鹿(か)の子の着付が、お七の衣装の型になった。これらのお七は、恋人の吉三に会うため、禁制の半鐘または太鼓を打つ「櫓(やぐら)」の場面が中心になっている。なお、近代に入ってからも岡本綺堂(きどう)、真山青果(せいか)らの戯曲がある。[松井俊諭]

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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精選版 日本国語大辞典

やおや‐おしち やほや‥【八百屋お七】
[一] 江戸前期の江戸本郷の八百屋の娘。天和二年(一六八二)の大火で檀那寺に避難した際、寺小姓と恋仲となり、恋慕のあまり再会を願って放火し、火刑に処されたという。井原西鶴が「好色五人女」に取り上げて以来、浄瑠璃・歌舞伎に上演・脚色された。天和三年(一六八三)没。
[二] (一)を題材とした浄瑠璃・歌舞伎の通称。浄瑠璃に「伊達娘恋緋鹿子(だてむすめこいのひがのこ)」、歌舞伎脚本に「其往昔恋江戸染」「松竹梅雪曙」などがある。
[三] 浄瑠璃。三段。紀海音作。享保一六年(一七三一)頃大坂豊竹座初演か。西鶴の「好色五人女」の影響作。八百屋の娘お七は、駒込の吉祥寺の寺小姓吉三郎と契ったが、家のための縁談が起こり、二度の火難を願い放火。これが露見して捕われ引回しの上、鈴ケ森で処刑される。お七に先立ち、吉三郎は切腹する。

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歌舞伎・浄瑠璃外題よみかた辞典

八百屋お七
(通称)
やおやおしち
歌舞伎・浄瑠璃の外題。
元の外題
八百屋お七歌祭文 など
初演
宝永3.1(大坂・嵐三右衛門座)

出典:日外アソシエーツ「歌舞伎・浄瑠璃外題よみかた辞典」
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