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公文所【くもんじょ】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

公文所
くもんじょ
公的文書を取扱う役所。 (1) 平安時代国衙におかれ公文結解 (けつげ) した役所をいう。院庁,摂政関白家,寺社などもこれにならい,所領に関する文書を収めておく所をいい,所領,年貢などのことを処理した。 (2) 鎌倉幕府の機関。元暦1 (1184) 年 10月設置。別当大江広元を,寄人中原親能藤原行政足立遠元藤原邦通らを任じて行政にあたった。国衙および諸家の公文所を模倣したもので,のち政所 (まんどころ) と改称して幕府の中心的政務機関となると,そのうちの文書担当部局を公文所と称するようになった。 (3) 執権北条氏も家政処理機関として公文所をおいた。

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デジタル大辞泉

くもん‐じょ【公文所】
平安時代、諸国の国衙(こくが)公文書を扱った役所。
平安時代、院・摂関家寺院荘園などで、主に所領・年貢の事務を執った所。
鎌倉時代、幕府の政務を扱った役所。のち、政所(まんどころ)の一部局となり、文書のみを取り扱った。

出典:小学館
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世界大百科事典 第2版

くもんじょ【公文所】
平安時代に諸国の国衙で公文書を取り扱う機関を公文所といい,摂関家,院庁,寺社や荘園などにもこれを置いて文書を納め,関係者が集まって所領,年貢などのことを評議裁断した。1180年(治承4)の源頼朝の挙兵以来,頼朝の周囲には藤原邦通などの京下りの文人があって訴訟や文書発給の補佐をしていたが,1184年(元暦1)に公文所を設置し,大江広元を別当に,中原親能,二階堂行政,足立遠元,藤原邦通などを寄人に任じ,政務に当たらせた。

出典:株式会社平凡社
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大辞林 第三版

くもんじょ【公文所】
奈良・平安時代、国衙こくがで公文書をつかさどり、公事・租税などを取り扱った役所。
院庁・摂関家・寺家などの家政機関。荘園や所領の年貢のことを取り扱った。
鎌倉幕府の政務を処理した役所。1184年に設置され、大江広元を別当に任命。のち政所まんどころの一部に併合された。

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日本大百科全書(ニッポニカ)

公文所
くもんじょ
公文(公文書)を取り扱う役所。平安時代には諸国の国衙(こくが)に置かれ、また、摂関家(せっかんけ)、院庁(いんのちょう)、寺家、社家などでも所領や年貢関係の文書を取り扱い、保管する所を文殿(ふどの)または公文所といった。源頼朝(よりとも)も、東国を支配下に治めると、これらの例に倣って、1184年(元暦1)鎌倉に公文所を設置し、大江広元(おおえのひろもと)をその長官(別当(べっとう))に任じ、中原親能(なかはらちかよし)、藤原行政(ゆきまさ)を寄人(よりゅうど)として文書の保管、政務の処理にあたらせた。1190年(建久1)末頼朝が正二位権大納言(ごんのだいなごん)兼右近衛大将(うこのえのたいしょう)に任ぜられると、翌年正月、摂関家などの例に倣って政所(まんどころ)を設置し(政所設置を頼朝が従(じゅ)二位に叙せられた1185年とする説もある)、公文所を政所の一部局として、文書のことを担当させた。執権(しっけん)北条氏もその家政処理機関として公文所を設置していたことが知られている。[新田英治]

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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精選版 日本国語大辞典

くもん‐じょ【公文所】
〘名〙
① 公文(公文書)を保管・処理する役所。平安時代、諸国の国衙に置かれ、摂関家、院庁、寺社でも所領年貢関係の文書を保管し、訴訟の処理を行なうために設けた。
※東南院文書‐康平四年(1061)三月八日・東大寺封米請文「右、東大寺康平二年御封代仮収一枚代、依二月廿九日公文所仰下文、所請如件」
② 鎌倉時代、頼朝が政務上の文書類を保管し、諸文書を評議決断するために設けた政務機関。大江広元を別当、二階堂行政、中原親能等を寄人とした。のちにこれを政所(まんどころ)と改めた。
※吾妻鏡‐元暦元年(1184)八月二四日「被造公文所、今日立柱上棟、大夫属入道・主討允等奉行也」
③ 鎌倉幕府の執権北条氏の家政処理機関。
※東寺百合文書‐リ・正応五年(1292)一一月一二日・若狭守護代工藤西念施行状案「異国降伏御祈事、関東公方御教書并公文所御執行如此候」
④ 公文②。また、その役所。
※満済准后日記‐応永二六年(1419)一一月二五日「今日北野馬場に千本桜植初めらる、自醍醐少々掘進之、公文所禅能奉行」

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旺文社日本史事典 三訂版

公文所
くもんじょ
鎌倉幕府の政務機関
平安時代には国衙 (こくが) の公文書を処理する役所をさしたが,1184年源頼朝 (よりとも) により幕府の機関として設置された。一般政務の処理を行い,別当(長官)に大江広元を任命。のち政所 (まんどころ) と改められると,その一部局となり文書などを取り扱った。

出典:旺文社日本史事典 三訂版
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