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六浦【むつら】

世界大百科事典 第2版

むつら【六浦】
横浜市金沢区の一部。古くは六連,六面とも記した。現在は〈むつうら〉とよむ。鎌倉時代は北条氏の一門金沢(かねさわ)氏の所領があり,武蔵国久良岐郡六浦荘に属し,六浦郷があった。現在の京浜急行金沢八景駅周辺から鎌倉市との境である朝比奈町付近までを含めた地域と考えられる。江戸時代の天保年間(1830‐44)では寺分・社家分・平分の3村を六浦といった。 鎌倉時代は鎌倉の東の境域外とされ,からめ手の地にあったので重要視された。

出典:株式会社平凡社
Copyright (c) Heibonsha Limited, Publishers, Tokyo. All rights reserved.

むつうら【六浦】

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日本大百科全書(ニッポニカ)

六浦
むつら
横浜市金沢区(かなざわく)一帯の古称。近世以降に金沢八景と謳(うた)われる景勝地の一画で、中世には武蔵国久良岐(くらき)郡に属し、六浦本郷・富岡郷・釜利谷(かまりや)郷・金沢郷からなる六浦荘が置かれた。1277年(建治3)頃までは仁和寺(にんなじ)勝宝院(しょうほういん)領で、以後、将軍家または得宗家(とくそうけ)が本家となり支配したとみられる。鎌倉の東の境界に相当し、中心部とは六浦道(朝比奈切通(あさひなきりどおし))で連絡した。和賀江島(わかえじま)とならぶ鎌倉の外港、六浦津は内海(うちうみ)(現東京湾)沿岸部や旧利根川水系を介した船での往来、諸物資の揚陸地(ようりくち)として機能し、鎌倉幕府や鎌倉の消費を支え、得宗一族金沢氏が建立した称名寺(しょうみょうじ)をめぐる輸送、幕府滅亡後には荘域を支配した鎌倉府・上杉氏・近隣寺社の輸送などにも利用され、南北朝期には問(とい)があった。海に臨む丘陵部にはかつてやぐら(墳墓)が点在し、浄願寺ほか、諸宗派寺院が建ち並ぶ中世の霊場であったとみられる。[綿貫友子]
『石井進著「中世六浦の歴史」(三浦古文化研究会編『三浦古文化40』所収・1986・京浜急行電鉄) ▽山田邦明著「南北朝・室町期の六浦」(『六浦文化研究3』所収・1991・六浦文化研究所) ▽湯山学著「仁和寺子院勝宝院と武蔵国六浦庄」(『六浦文化研究7』所収・1997・六浦文化研究所) ▽西岡芳文著「中世の六浦と上行寺東遺跡」(『神奈川地域史研究26』所収・2008・神奈川地域史研究会) ▽『横浜開港150周年記念企画展 中世の港湾都市六浦』(2009・神奈川県立金沢文庫)』

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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