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円仁【えんにん】

美術人名辞典

円仁
平安前期の天台宗。下野生壬生、円仁は名、諡号慈覚大師。15才の時最澄弟子となり、入後五台山・大興善寺等で学ぶ。帰朝後延暦寺三世座主に任じられ、天台宗山門派となった。彼によって天台宗はしく密教化したといわれる。『入唐求法巡礼行記』『顕楊大戒論』等著書多数。貞観6年(864)寂、70才。

出典:(株)思文閣

朝日新聞掲載「キーワード」

円仁
天台宗の開祖、最澄(さいちょう)に師事。遣唐使の一員として2年連続で上陸に失敗し、838(承和5)年の3回目の挑戦で成功した。9年余りにわたって仏教聖地の五台山(山西省)や長安(現西安)などの各地を旅し、天台教学・密教を学ぶ。大規模な仏教弾圧に直面しながらも847年に帰国した。第3代天台座主に就き、天台密教の大成などに努めた。
(2018-07-30 朝日新聞 夕刊 1総合)

出典:朝日新聞掲載「キーワード」

デジタル大辞泉

えんにん〔ヱンニン〕【円仁】
[794~864]平安初期の天台宗の僧。下野(しもつけ)の人。最澄(さいちょう)に師事。入唐し、多くの経書を請来(しょうらい)した。比叡山に総持院・常行三昧堂(じょうぎょうさんまいどう)を建立、第3世天台座主(ざす)に任ぜられ、興隆の基礎を確立。著「入唐求法(ぐほう)巡礼行記」など。慈覚大師。

出典:小学館
監修:松村明
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デジタル版 日本人名大辞典+Plus

円仁 えんにん
794-864 平安時代前期の僧。
延暦(えんりゃく)13年生まれ。天台宗山門派の祖。広智,のち最澄に師事。承和(じょうわ)5年45歳で唐(とう)(中国)にわたる。密教を中心にまなび,おおくの典籍をもって14年帰国。仁寿(にんじゅ)4年第3世天台座主(ざす)。根本道場として総持院をたて,天皇,貴族灌頂授戒をおこなうなど天台密教の確立につとめた。貞観(じょうがん)6年1月14日死去。71歳。下野(しもつけ)(栃木県)出身。俗姓は壬生(みぶ)。諡号(しごう)は慈覚大師。著作に「入唐求法(にっとうぐほう)巡礼行記」「顕揚大戒論」「金剛頂経疏」など。

出典:講談社
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

世界大百科事典 第2版

えんにん【円仁】
794‐864(延暦13‐貞観6)
平安時代の天台宗の僧。延暦寺3代座主,山門派の祖。慈覚大師という。下野国都賀郡に生まれる。俗姓は壬生(みぶ)氏。9歳で大慈寺の広智の門に入り,15歳のとき808年(大同3)比叡山に登って最澄の弟子となる。29歳で師の示寂にあうが,それから十数年の間,比叡山にこもり勉学を続けた。835年(承和2)入唐請益(につとうしようやく)僧に選ばれ,838年遣唐使の船に乗って入唐する。840年(唐の開成5)五台山の聖跡を礼拝,志遠より天台宗義を受け,長安に入って大興善寺の元政から金剛界を,青竜寺(しようりようじ)の義真から胎蔵界および蘇悉地(そしつじ)の大法を授かる。

出典:株式会社平凡社
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

円仁
えんにん
[生]延暦13(794).下野
[没]貞観6(864).1.14. 延暦寺
平安時代初期の僧。延暦寺第3世座主。天台宗山門派の祖。俗姓壬生氏。延暦 21 (802) 年大慈寺広智に入門。大同3 (808) 年比叡山に登り,最澄に止観を学ぶ。弘仁7 (816) 年東大寺で具足戒を受ける。承和5 (838) 年入唐,このとき遣唐使は藤原常嗣,同行者は円行,常暁らであった。中国各地で顕密両教を学び,経疏類 802巻などを得て同 14年帰国。『入唐求法巡礼行記』はその旅行記である。最澄の業績を発展させ,『顕揚大戒論』の著述法華懺法の完成,常行三昧堂や法華総持院の建立,金剛頂,蘇悉地両業の制定などを行い,天台宗の密教化に影響を与えた。嘉祥1 (848) 年内供奉。仁寿4 (854) 年天台座主。死後,法印大和尚位を追贈。貞観8 (866) 年慈覚大師を追諡。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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日本大百科全書(ニッポニカ)

円仁
えんにん
(794―864)

平安初期の天台宗の僧。俗姓は壬生(みぶ)氏。下野(しもつけ)国(栃木県)都賀(つが)郡の人。9歳で大慈寺(だいじじ)の広智(こうち)(生没年不詳)のもとで出家し、15歳のとき、比叡山(ひえいざん)に登り、伝教(でんぎょう)大師最澄(さいちょう)に師事した。816年(弘仁7)に具足戒(ぐそくかい)を受け、823年から12年間籠山(ろうざん)の清規(しんぎ)に従い、一行三昧(いちぎょうざんまい)(念仏行法)を修めた。828年(天長5)以後、法隆寺(ほうりゅうじ)、天王寺(てんのうじ)などで講説し、のち比叡山に帰って『法華経(ほけきょう)』を写して小塔に納め、四種三昧(ししゅざんまい)の行法を行ったが、これが根本如法堂(こんぽんにょほうどう)の濫觴(らんしょう)といわれる。838年(承和5)遣唐使の一行に加わって入唐(にっとう)、7月に揚州(江蘇(こうそ)省)海陵県に到着し、開元寺に入った。しかし霊跡巡礼のための許可を得られず帰国しようとしたが、二度も暴風にあって失敗した。その後、許可状を入手し、840年(開成5)3月、五台山に向かう途中、蕭慶中(しょうけいちゅう)から禅を学び、また念仏三昧(ねんぶつざんまい)の法を習い、志遠(しおん)(768―844)や玄鑑(げんかん)らから止観(しかん)を学んだ。8月には、長安の資聖寺(ししょうじ)に入り、長安では、大興善寺(だいこうぜんじ)の元政(げんせい)、青龍寺の義真(ぎしん)、玄法寺の法全(はっせん)(生没年不詳)らから金剛(こんごう)、胎蔵(たいぞう)両界の秘奥、儀軌(ぎき)を学んだ。そのほかにも宝月三蔵(ほうげつさんぞう)から悉曇(しったん)(梵語(ぼんご)学)を、醴泉寺(れいせんじ)の宗穎(しゅうえい)から天台を学び、大安国寺の良侃(りょうがん)や浄影寺(じょうようじ)の惟謹(いきん)からも秘法を受けたといわれる。845年たまたま会昌(かいしょう)の廃仏(仏教弾圧政策)にあい、道士の身に変えて長安を逃れ、847年(承和14)9月に大宰府(だざいふ)に到着した。854年(仁寿4)4月、延暦寺(えんりゃくじ)の第3世座主(ざす)となり、866年(貞観8)慈覚(じかく)大師の諡号(しごう)を受けた。円仁は、唐から天台、真言、禅、念仏、悉曇を伝え、589部802巻の典籍を請来したが、帰国後は、舎利会(しゃりえ)、天台大師供(く)、浄土院廟供(びょうく)、不断念仏会、法華懺法(ほっけせんぽう)などの仏事をはじめ、また円頓戒(えんどんかい)を顕揚し、密教の充実を図った。「およそ仏法の東流することは、なかばこれ大師の力なり」といわれるように、円仁は、義真、円澄(えんちょう)(772―837)、光定(こうじょう)らに次いで、名実ともに日本天台宗を大成した。著書には、『金剛頂経疏(こんごうちょうぎょうしょ)』7巻、『蘇悉地経疏(そしつじきょうしょ)』7巻、『顕揚大戒論(だいかいろん)』8巻、『入唐求法巡礼行記(にっとうぐほうじゅんれいぎょうき)』4巻などがある。

[池田魯參 2017年5月19日]

『本多綱祐編著『慈覚大師伝』(1962・天台宗教学部)』『福井康順編『慈覚大師研究』(1964・天台学会)』

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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精選版 日本国語大辞典

えんにん ヱンニン【円仁】
平安前期の僧。天台宗山門派の祖。諡(おくりな)は慈覚大師。最澄に師事。入唐して顕密(けんみつ)を修め、帰国後、延暦寺第三世座主として天台宗興隆の基礎を確立。著「金剛頂経疏」「入唐求法巡礼行記」など。延暦一三~貞観六年(七九四‐八六四

出典:精選版 日本国語大辞典
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旺文社日本史事典 三訂版

円仁
えんにん
794〜864
平安前期の天台僧。第3代天台座主 (ざす)
諡号 (しごう) は慈覚大師。下野 (しもつけ) (栃木県)の人。最澄 (さいちよう) に師事し,838年入唐。密教を学んで帰国し,台密を大成した。山門派の祖とされる。その著『入唐求法巡礼行記 (につとうぐほうじゆんれいこうき) 』は在唐中の日記。

出典:旺文社日本史事典 三訂版
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