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勘定奉行【かんじょうぶぎょう】

デジタル大辞泉

かんじょう‐ぶぎょう〔カンヂヤウブギヤウ〕【勘定奉行】
中世、幕府や諸大名の家に置かれた職名。金銭や穀物などの出納をつかさどった。勘定頭(がしら)。
江戸幕府の職名。寺社奉行町奉行とともに三奉行の一。老中に属し、幕府財政の運営や諸国代官統率、また、幕府直轄地の収税金銭穀物出納、領内人民の訴訟などをつかさどった。勘定頭

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世界大百科事典 第2版

かんじょうぶぎょう【勘定奉行】
江戸幕府および諸の職制の一つ。鎌倉時代に公事奉行人のうちで諸国年貢の受取り,勘定をする者を勘定の奉行人と称したが,室町時代の諸大名家に勘定奉行,勘定頭の名称が使われ,常置の職とされた。江戸幕府の勘定奉行は寺社奉行,町奉行とともに三奉行の一つで,評定所構成員である。勘定所の長官として幕府財政事務を統轄し,御料(幕府直轄領,天領)の支配と貢租徴収,全国の御料と関八州の大名・旗本領などの私領の訴訟を受理した。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

勘定奉行
かんじょうぶぎょう
江戸幕府の職名。寺社奉行町奉行とともに「三奉行」という。租税の徴収管理を司る勘定所の長官をいい,財務諸官庁を支配した。古くは勘定頭 (かんじょうがしら) といったが,宝永年間 (1704~11) 頃に勘定奉行と改まり,定員はほぼ4名で旗本から選任された。享保7 (22) 年には財務を扱う勝手方司法を扱う公事方 (→公事 ) の両部門に分れ,隔年交代,月番制で執務するようになり,その職制がほぼ確立した。また各藩にも財政・司法を司る勘定奉行 (他の名称の藩もある) がおかれた。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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日本大百科全書(ニッポニカ)

勘定奉行
かんじょうぶぎょう

江戸幕府や諸藩の職制の一つ。鎌倉・室町時代にも勘定奉行、勘定頭(がしら)の名称がある。江戸幕府の勘定奉行は、勘定所の長官として天領支配、貢租徴収、財政運営や天領と関八州の大名・旗本領などの訴訟を管掌し、寺社奉行・町奉行とともに三奉行の一つで評定所(ひょうじょうしょ)の構成員である。元禄(げんろく)(1688~1704)ころまでは勘定頭と称したが、成立の経緯は不明な点が多い。1609年(慶長14)松平正綱(まさつな)が会計総括を命じられ、15年(元和1)老中就任とともに勘定奉行を兼務した。1635年(寛永12)幕府は老中以下主要役職の管掌事項を定め、関東幕領と農民の訴訟は正綱、伊丹康勝(いたみやすかつ)、伊奈忠治(いなただはる)、大河内久綱(おおこうちひさつな)、曽根吉次(そねよしつぐ)の月番勤務とし、これが後の勘定奉行の職掌とされる。1642年金銀納方を職務の一とした留守居(るすい)のうち酒井忠吉(ただよし)、杉浦正友(まさとも)が国用査検、曽根、酒井、杉浦、伊丹が租税財穀出納を命じられ、伊奈は勘定頭を免(ゆる)された。この時点で農政部門と財政経理部門が合一し勘定頭制が成立した。奉行の定員は4名で、ときに3~5名。1721年(享保6)勘定所は公事方(くじかた)・勝手方(かってかた)に分かれ、翌年奉行も双方に分けられ1年交代で勤務した。老中支配で芙蓉間詰(ふようのまづめ)、役高3000石で従(じゅ)五位下、役料700俵、手当金300両支給を例とした。勘定組頭、勘定、支配勘定および郡代、代官、切米手形改役、蔵奉行、金奉行、漆(うるし)奉行、林奉行、川船改役、評定所留役(とめやく)などを支配。1698年(元禄11)松平重良(しげよし)の道中奉行兼帯以来、公事方勘定奉行の1人が道中奉行を兼務した。

[大野瑞男]

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精選版 日本国語大辞典

かんじょう‐ぶぎょう カンヂャウブギャウ【勘定奉行】
〘名〙
① 鎌倉・室町幕府の職名の一つ。諸国から上納された年貢の結解(けつげ)、勘定などをつかさどった奉行。公事(くじ)奉行人のうちから必要に応じて任命されたもので、常置のものではなかった。
② 室町・戦国時代、諸大名家に置かれ、領内の財務をつかさどった役人。勘定頭。
※甲陽軍鑑(17C初)品一七「勘定奉行 一 青沼助兵衛 騎馬拾五騎 足軽三十人」
③ 江戸幕府の職名の一つ。老中支配に属し、郡代、代官を監督し、幕府直轄地の年貢の徴収、裁判をはじめ民政全般をつかさどるとともに、幕府の金銭の出納、その他財務関係の職務を担当した役人。寺社奉行、町奉行と合わせて三奉行と称せられ、評定所一座を構成した。江戸初期には勘定方といわれたが、四代将軍家綱のころからその名は次第にすたれ、八代将軍吉宗以降はこの名称に統一された。勘定頭。勘定方。
※禁令考‐前集・第二・巻一五・明和二年(1765)三月「総而御勘定奉行之儀者、御勝手向御役所相勤候事故」

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旺文社日本史事典 三訂版

勘定奉行
かんじょうぶぎょう
江戸幕府の職名。三奉行の一つ
幕府財政の管轄と,関八州の天領・私領内の庶民の訴訟を取り扱い,また郡代・代官などを支配して天領の民政を統轄した。1680年以降は道中奉行も兼任。定員は4名で旗本から選任された。1722年,勝手方(財政関係を担当)と公事方(訴訟関係を担当)に分かれた。

出典:旺文社日本史事典 三訂版
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