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北伐【ほくばつ】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

北伐
ほくばつ
Bei-fa
中国では一般に北方へ兵を進めることをいうが,特に (1) 1922,24年の孫文広東政府による2回にわたる北上軍事作戦と,(2) 26~28年蒋介石指揮下の国民革命軍による北上作戦,とりわけ北洋軍閥打倒作戦をさすことが多い。 (1) 22年の孫文の広東政府による第1次北伐は,12年の臨時約法の遵守と 17年6月以前の旧国会の回復とを目指す護法のための北伐であった。4月孫文は桂林で北伐宣言を発表,第1次奉直戦争に乗じて北伐を開始したが,広東軍閥陳炯明の6月 16日のクーデターにより広東政府は崩壊し,失敗に終った。第2次北伐は 24年9月の孫文の北伐宣言により開始されたが,25年孫文の病死で中断された。 (2) 孫文の死後,国民党内の左右両派の対立が表面化するなかで,黄埔軍官学校長として軍幹部の養成にあたってきた介石は次第に国民政府の軍権を握り,権力への阻害要因である共産党の弾圧,排除を計画し,26年3月の中山艦事件で共産党に打撃を与えた。蒋介石は北方軍閥打倒による革命完成を目指して北伐の必要性を主張し,共産党の反対を押切って,7月1日北伐宣言を発して北伐を開始,みずから国民革命軍総司令に就任した。北方軍閥は武漢方面の呉佩孚,揚子江下流域の孫伝芳,北京張作霖などで兵力約 70万をもって北伐に対抗。北伐軍は約 10万であったが,士気の高さと労働者,農民の支援とに助けられて,わずか数ヵ月で呉佩孚軍,孫伝芳軍を撃破して揚子江流域に進出した。広州の国府は 27年3月武漢に移転したが,蒋介石は南昌移転を主張し,4月上海クーデターを起して反共政策を公然化,南京に国府を樹立して武漢国府と対立。共産党の発展を恐れる武漢政府は7月共産党と手を切り,9月南京国府に合流した。これ以後の北伐は,新旧軍閥間の戦争としての性格をもつにいたった。 28年党内の統一ができあがると,4月蒋介石は北伐を再開し,6月張作霖追放して北京を占領,北平と改名し北伐は関内については完了した。7月孫文の遺体の前で北伐完成の報告祭が行われた。東北では張作霖の跡を継いだ張学良が,12月日本の干渉を排して南京国府と合体し,全中国に青天白日旗が掲げられるにいたり,北伐は最終的な完成をみた。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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デジタル大辞泉

ほく‐ばつ【北伐】
1926年から中国国民革命軍が北京の軍閥政府を打倒するために行った戦争。北伐軍総司令蒋介石の反共クーデターなどで中断されたが、1928年、北京を占領し、中国を統一した。

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世界大百科事典 第2版

ほくばつ【北伐 Běi fá】
中国,近代における孫文ら国民党系の広東を根拠地とする全国統一戦争をいう。中華民国の正統な継承者として広東政府を組織した孫文らは,北京の簒奪者から政権を奪回すべく3回にわたって北伐戦争を発動した。第1回(1922年2月~6月)は桂林(のち韶関)に大本営をおき,湖南・江西に兵をすすめたが,吉安をおとしたところで陳炯明(ちんけいめい)のクーデタが起こり失敗に終わった。第2回(1924年9月~11月)は韶関に大本営をおき,4万~5万の兵(建国軍)を率いて江西に出たが,馮玉祥(ふうぎよくしよう)の北京政変で直隷派が政権をおわれたため中断された。

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日本大百科全書(ニッポニカ)

北伐
ほくばつ

中国では一般的に南方から北方へ軍隊を動かして、北方勢力と戦うことを北伐という。近代中国では、太平天国や辛亥(しんがい)革命にみられるように、革新的な闘争が南から北へ向かって進められることが多かったが、普通にはとくに1920年代の国民革命期の北伐をさす。この北伐は1926年7月に始まるが、それが行われた歴史的要因は、辛亥革命後の政治情勢にさかのぼる。

 辛亥革命で、革命派は北方勢力との妥協によって清(しん)朝打倒(民国樹立)に成功したが、軍閥政権の独裁を阻むことができず、第三革命で袁世凱(えんせいがい)の帝政を阻止したのちも、軍閥が各地に割拠して内戦や抗争を繰り返した。1919年9月、孫文らは広州で軍政府を組織し、軍閥打倒の闘争を開始したが、自ら軍事力をもたないために南方軍閥に依存せざるをえず、軍閥間の勢力争いに利用され、目的を果たせなかった。五・四運動を目撃して、覚醒(かくせい)した民衆の大きな力を認識した孫文は、中華革命党を国民党に改め、さらに1924年初め、コミンテルンの影響を受けながら、国民党を民衆に基盤を置く政党に改組し、「連ソ、容共、労農援助」の三大政策を掲げるとともに、革命党にふさわしい軍隊の創設を図り、この年の9月に軍閥打倒のための北伐を宣言した。しかし、孫文はその志を遂げずに世を去り、国民革命の課題は後継者に受け継がれた。

 1926年7月、蒋介石(しょうかいせき)は国民革命軍総司令となって北伐を開始。革命軍は、武装した労働者、農民に支援されながら北上し、武漢、南京(ナンキン)を占領して上海(シャンハイ)に迫った。以前から動揺していた蒋介石(しょうかいせき)は列強の要求に屈し、27年4月12日、上海で反共クーデターを強行、多数の労働者、農民などを虐殺した。こうして国民革命は挫折(ざせつ)したが、蒋介石は28年北伐を再開、すでに国民党に入党した閻錫山(えんしゃくざん)、馮玉祥(ふうぎょくしょう)ら軍閥とともに、奉天軍閥張作霖(ちょうさくりん)を北京(ペキン)から追放して、同年6月北伐を完了した。蒋は共産党を除く反対勢力を一掃し、いちおう軍閥勢力を支配下に置くことに成功したが、この北伐は軍閥との妥協によって行われ、蒋自身が独裁的な新軍閥と化して民衆の支持を欠き、孫文が提唱した北伐とは異質のものとなった。

[伊東昭雄]

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精選版 日本国語大辞典

ほく‐ばつ【北伐】
[1] 北方を討伐すること。
※漢書列伝竺桃抄(1458‐60)韋賢第四三「北伐したれば南方の荊蛮が来たぞ」 〔春秋左伝‐僖公九年〕
[2] 一九二六~二八年、中国国民革命軍が北京政府を打倒した戦争。国民革命軍は、二六年蒋介石を総司令として、広州を出発。翌年、上海を占領したが、蒋の反共クーデターや武漢、南京両政府の対立により前進を中断。二八年再開、同年六月北京に入城して中国を統一した。

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旺文社世界史事典 三訂版

北伐
ほくばつ
1926年から28年にかけて,中国の国民政府が北方軍閥を打破した戦い
1926年7月,蔣介石を総司令とした国民革命軍は広東から進撃し,同年内に武漢を,翌年には南京を占領した。このとき労働者らを指導して上海を自力解放した共産党の力に驚いた列強浙江財閥は,蔣介石に働きかけて1927年4月12日上海クーデタを起こさせた。南京に国民政府を樹立した蔣介石は,国民党左派と共産党の拠る武漢政府と対立して共産党を追放,第一次国共合作は崩壊した。以後,武漢政府を吸収した蔣介石は1928年4月に北伐を再開し,張作霖 (ちようさくりん) を北京から追い出した。その後日本軍により爆殺された張作霖の子張学良が“易幟”を行って国民政府の配下にはいることを表明し,北伐は完成した。この間日本は2度にわたる山東出兵を行い,済南事件を起こして反日感情を増大させた。

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旺文社日本史事典 三訂版

北伐
ほくばつ
中国の辛亥 (しんがい) 革命以来孫文らが北方軍閥政権を倒すため企てた戦争
特に1926〜28年の蔣介石中心の国民革命軍によるものが有名。蔣は共産勢力に弾圧を加えて南京政府を樹立。革命軍の分裂により中断したが,'28年再開し,張作霖を追って北京を占領。北伐を完成し,万里の長城以南の中国本土を統一した。

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