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北条氏直【ほうじょう うじなお】

美術人名辞典

北条氏直
武将・小田原城主。幼名は国王丸、通称新九郎。氏政の長男、母は武田信玄の娘黄梅院。従五位下左京大夫。本能寺の変直後滝川一益の関東からの駆遂・家康との和睦等を経て北条氏最大の領地を形成する。天下統一を目指す豊臣秀吉の上洛催促に対する叔父氏規派遣・上野国名胡桃城奪取の罪で小田原城攻めを招き高野山追放される。のち赦免。天正19年(1591)歿、30才。

出典:(株)思文閣

デジタル大辞泉

ほうじょう‐うじなお〔ホウデウうぢなほ〕【北条氏直】
[1562~1591]戦国時代の武将氏政の長男。織田信長没後徳川家康と対立したが和睦。のち豊臣秀吉に小田原城を包囲攻撃され、降伏して高野山に追放。

出典:小学館
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デジタル版 日本人名大辞典+Plus

北条氏直 ほうじょう-うじなお
1562-1591 織豊時代の武将。
永禄(えいろく)5年生まれ。北条氏政(うじまさ)の長男。天正(てんしょう)8年,小田原城主北条氏5代となる。本能寺の変以後,上野(こうずけ)(群馬県),信濃(しなの)(長野県)に進出。徳川家康と和睦(わぼく)して家康の娘督姫と結婚。18年豊臣秀吉の小田原攻めに降伏し高野山に追放された。天正19年11月4日死去。30歳。幼名は国王丸。通称は新九郎。

出典:講談社
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世界大百科事典 第2版

ほうじょううじなお【北条氏直】
1562?‐91(永禄5?‐天正19)
安土桃山時代の武将。後北条氏第5代。氏政の子。母は武田信玄の娘。1577年(天正5)常陸の小田城に梶原政景を攻め初陣を飾る。父氏政とともに駿河の黄瀬川で武田勝頼と対陣中の80年8月19日に家督を継ぐ。翌年代替り検地にかえて段銭の増徴を行う。82年6月の本能寺の変直後に,関東管領滝川一益と神流川で戦い,一益を上野から伊勢に追い,同年8月には徳川家康と甲斐の若神子(わかみこ)で対陣したが,10月に家康と和した。

出典:株式会社平凡社
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

北条氏直
ほうじょううじなお
[生]永禄5(1562).小田原
[没]天正19(1591).11.4. 河内,天野
戦国大名。後北条氏5代目。氏政の嫡子。母は武田信玄の娘。室は徳川家康の娘督姫。法号は松巌院大円宗徹。天正8 (1580) 年家督を継ぎ,織田信長と結んだが,同 10年6月の本能寺の変後上野に侵入,信長の将上野厩橋城主滝川一益を武蔵金窪,上野神流川に破り,さらに信濃に入って真田昌幸領を支配した。その頃,甲斐にあった家康も信濃侵攻を策しており,徳川,後北条の激突となり,約3ヵ月の交戦後同年 10月講和し,氏直は家康の娘を室とした。その後天下を握った豊臣秀吉の再三の上洛勧告に応じず,同 18年3月秀吉に小田原城を攻められ敗戦したが (→小田原征伐 ) ,氏直は家康の婿であるという理由で助命され高野山に籠居。のち河内天野に移され,同 19年2月徳川秀忠の仲介で関東で 9000石,近江で 1000石を与えられた。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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日本大百科全書(ニッポニカ)

北条氏直
ほうじょううじなお
(1562―1591)

関東の戦国大名、後北条(ごほうじょう)氏第5代。氏政(うじまさ)の子。母は武田信玄(しんげん)の娘。1580年(天正8)家督を継ぐ。本能寺(ほんのうじ)の変後、上野(こうずけ)に進出して織田信長の代官滝川一益(たきがわかずます)を追い、信濃(しなの)からさらに甲斐(かい)に進んだ。武田氏の旧領をめぐり、徳川家康と甲斐国若神子(わかみこ)(山梨県北杜(ほくと)市須玉(すたま)町)に対陣したが、和睦(わぼく)し、83年家康の娘督姫と結婚した。徳川氏と同盟を結びつつ、上野、下野(しもつけ)、上総(かずさ)などに勢力を拡大。89年豊臣(とよとみ)秀吉の宣戦布告を受け、翌年3か月に及ぶ籠城(ろうじょう)のすえ、降伏した。家康の女婿であったため命を助けられ、高野山(こうやさん)に送られた。91年秀吉に謁して1万石を与えられたが、病死した。

[池上裕子]

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精選版 日本国語大辞典

ほうじょう‐うじなお【北条氏直】
安土桃山時代の武将。氏政の長子。母は信玄の娘。徳川家康の女婿。豊臣秀吉に小田原城を攻撃され、降伏して高野山に籠居。永祿五~天正一九年(一五六二‐九一

出典:精選版 日本国語大辞典
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