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卑弥呼【ひみこ】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

卑弥呼
ひみこ
3世紀前半頃の女王。「ひめこ」とも読む。邪馬台国を都としたと伝えられ,その所在地によって,九州の女酋とする説,神功皇后ヤマトヒメノミコト垂仁天皇の皇女),ヤマトトトヒモモソヒメノミコト(孝霊天皇の皇女)などにあてる説がある。『三国志』の「魏志東夷伝」のうちの倭人の(→魏志倭人伝)によれば,帯方の南東の大海中にあった倭人の国は多くの小国に分かれ,男王が統治していた。2世紀後半に大いに乱れて小国同士が抗争したが,卑弥呼を擁立して連合国家的組織をつくり,安定した。卑弥呼は「鬼道に事(つか)え,能(よ)く衆を惑わ」し,その姿を見た者はまれであった。一生夫をもたず,政治は補佐によって行なわれた。兵士に警備された壮大な宮室を営み,常に 1000人の婢にかしずかれ,取り次ぎは居室への出入りを許された 1人の男によって行なわれた。239年最初の使節をにつかわし,生口(奴婢)や布を献じた。これに対して魏の明帝は,卑弥呼に親魏倭王称号金印紫綬(→印綬)とを与え,かつ錦,絹,刀,銅鏡,真珠などを贈った。また邪馬台国が狗奴国(くぬのくに)と交戦した際,魏は詔書を送ってこれを励ましたという。卑弥呼が死ぬと,大規模な塚()が築かれ,奴婢 100余人とともに葬られた。そののち男王が立ったが,国中が服さず,卑弥呼の一族で 13歳になる少女壹与が女王となって国中が治まったという。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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デジタル大辞泉

ひみこ【卑弥呼】
3世紀ごろの邪馬台国の女王。「魏志倭人伝」によれば、30余国を統治し、239年にの明帝に朝貢し、親魏倭王の称号と金印とを受けたとされる。ひめこ。

出典:小学館
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:田中牧郎、曽根脩
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ひみこ[天体]
《「ヒミコ」と書く》ビッグバンから8億年後の宇宙初期に形成された、巨大なガス雲。距離約129億光年。水素ライマンα線を発し、大きさは銀河系の半分程度とみられる。2009年にすばる望遠鏡で発見された。2013年にハッブル宇宙望遠鏡アルマ望遠鏡による観測から、三つの星の集団が軽元素主体のガスで包まれ、星形成が激しく進んでいるものと推測されている。名称は邪馬台国(やまたいこく)の女王卑弥呼にちなむ。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plus

卑弥呼 ひみこ
?-247? 「魏志倭人伝(ぎしわじんでん)」にみえる邪馬台国(やまたいこく)の女王。
180年代の初めごろ王位についた。鬼道(呪術(じゅじゅつ))にすぐれ,政治は弟がたすけていたという。239年(景初3)魏(中国)に朝貢し,皇帝から親魏倭王の称号,金印紫綬(しじゅ),銅鏡などをおくられた。247年狗奴(くな)国と対立し,その戦乱のなかで死んだらしい。名は「ひめこ」ともよむ。

出典:講談社
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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

防府市歴史用語集

卑弥呼
 邪馬台国[やまたいこく]の女王です。魏[ぎ]の国に使いを送って、鏡100枚をもらったとされています。

出典:ほうふWeb歴史館
Copyright 2002,Hofu Virtual Site Museum,Japan
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デジタル大辞泉プラス

卑弥呼
1974年公開の日本映画。監督・脚本篠田正浩、脚本:富岡多恵子、録音:西崎英雄。出演:岩下志麻草刈正雄、横山リエ、三國連太郎、加藤嘉、河原崎長一郎、河原崎建三ほか。第29回毎日映画コンクール録音賞受賞。

出典:小学館
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日本の企業がわかる事典2014-2015

卑弥呼
正式社名「株式会社卑弥呼」。英文社名「HIMIKO Co., Ltd.」。卸売業。昭和51年(1976)設立本社は東京都渋谷区神宮前。服飾雑貨製造・販売会社。バッグなどの企画・開発を行う。婦人靴中心。卸売りのほか直営店での小売りも展開。JASDAQ上場。証券コード9892。

出典:講談社
(C)Kodansha 2011.
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世界大百科事典 第2版

ひみこ【卑弥呼】
?‐247?
魏志倭人伝》に見える邪馬台国の女王。178‐183年(後漢霊帝の光和年間)ごろに倭国で戦乱があり,卑弥呼が倭国内の諸小国の首長によって邪馬台国の王に共立された結果,邪馬台国をふくむ倭国の戦乱は,いちおう終息した。卑弥呼は,呪術的宗教の司祭にたけ民衆を心服させる能力を備えていた。卑弥呼は,結婚適齢期に達していたが,夫はおらず,現実的な政治の面は,弟に助力をあおいで国を治めていた。卑弥呼は,王となって以来,人々の前に姿をあらわすことがなく,ただ1人の男子が,卑弥呼に飲食を給し,事柄伝達のために,卑弥呼の居室に出入りしていた。

出典:株式会社平凡社
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大辞林 第三版

ひみこ【卑弥呼】
「三国志」魏書東夷伝倭の条(いわゆる「魏志倭人伝」)によって知られる邪馬台国の女王。三世紀、倭国の大乱の中で各地の政治集団によって共立され、これらを呪術的能力によって統率したが、司祭者としての性格が強く、その王権は不安定であった。239年、魏に使いして「親魏倭王」の称号と金印紫綬とを賜った。

出典:三省堂
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日本大百科全書(ニッポニカ)

卑弥呼
ひみこ
生没年不詳。「ひめこ」とも読める。『魏志倭人伝』(ぎしわじんでん)にみえる弥生(やよい)文化後期の倭の女王。2世紀後半(後漢(ごかん)の桓(かん)帝・霊(れい)帝の時代)に起きた倭の大乱は、倭国内の小国群が邪馬台(やまたい)国の一女子卑弥呼を倭の女王に「共立」することによって鎮まった。卑弥呼は神の妻として「鬼道」に長じ、結婚せず、シャーマン的王として人々を臣服せしめた。倭王になって以来、神に仕えるために宮殿にこもり、人々の前に姿をみせなかったという。彼女に飲食を給し、辞を伝えるのは1人の男子だけであり、一方においては婢(ひ)1000人が侍するというように神秘的ベールに包まれていた。卑弥呼には男弟があり、卑弥呼の意(神の託宣)に従い政治的・軍事的政務を担当したという。卑弥呼は239年(景初3)に難升米(なんしょうまい)らを帯方(たいほう)郡、そして洛陽(らくよう)に派遣し、生口(せいこう)・斑布(はんぷ)を献上して魏に朝貢した。魏は卑弥呼を「親魏倭王」に任命し、金印紫綬(しじゅ)を賜与した。
 243年(正始4)には伊声耆(いせいき)・掖邪狗(えきやく)らを朝貢させたが、その後、南に位置する男王・卑弥弓呼(ひみきゅうこ)を擁する狗奴(くな/くぬ)国との戦争に突入した。卑弥呼は247年、魏に載斯烏越(さいしうえつ)を派遣し、その戦況を報告せしめている。魏は卑弥呼の要請にこたえたのか国境警備官の張政(ちょうせい)を介して詔書・黄幢(こうどう)を倭にもたらしたという。卑弥呼はその前後に死んだらしく、その墳墓は径100余歩(約120メートル)を数え、奴婢100余人が殉葬された。その後、男王がたったが、国中が従わず、卑弥呼の一族の女で年13の壹与(いよ)が擁立されて内乱は終息した。卑弥呼に関しては記紀のどの人物に比定されるかが問題とされており、邪馬台国の位置論争とのかかわりのなかで、天照大神(あまてらすおおみかみ)、神功(じんぐう)皇后、倭姫命(やまとひめのみこと)、倭迹迹日百襲姫(やまとととひももそひめ)命が候補にあがっている。その倭の女王卑弥呼が皇室系譜に当然入るべきという先入観は学問的とはいえない。卑弥呼は「だれか」よりも「いかなる人物か」を政治・外交・社会・宗教など多面的側面から明確にすることが肝要である。[関 和彦]

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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旺文社日本史事典 三訂版

卑弥呼
ひみこ
生没年不詳
3世紀前半,『魏志』倭人伝に記された邪馬台国 (やまたいこく) の女王
2世紀後半,男王統治の倭国に大乱がおこり,王に立てられた卑弥呼は,この内乱をしずめ30余国を統属した。呪術的宗教の巫女で夫をもたず,男弟の補佐でシャーマニズムの神権政治を行った。239年魏に朝貢し,親魏倭王の称号をうけた。3世紀中ごろ没し,径100余歩の墓に葬られ,奴婢 (ぬひ) 100余人を殉葬したという。

出典:旺文社日本史事典 三訂版
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