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名和長年【なわながとし】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

名和長年
なわながとし
[生]?
[没]延元1=建武3(1336).3.30. 京都
南北朝時代初期の武将。伯耆国名和の豪族。行高の子。元弘3=正慶2 (1333) 年閏2月隠岐を脱出した後醍醐天皇伯耆船上山に迎え,鎌倉幕府軍を撃退した。そのにより伯耆国を与えられ伯耆守に任じられた。建武中興政府では記録所武者所などの寄人となり,後醍醐天皇親政に尽力建武1 (34) 年頃,京都の市政権を握る東市正となった。同2年謀反を企て捕えられた西園寺公宗殺し,翌年鎌倉で建武政権にそむいて上京した足利尊氏と戦ってこれを西走させたが,再度尊氏が光厳院を奉じて入京するに及び,一族をあげて攻撃したが,敗れ戦死した。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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デジタル大辞泉

なわ‐ながとし【名和長年】
[?~1336]南北朝時代の武将伯耆(ほうき)の人。前名、長高。元弘3=正慶2年(1333)後醍醐天皇隠岐(おき)を脱出するとこれを船上山(せんじょうざん)に迎えて鎌倉幕府軍と敵対。建武政権では要職を務めたが、のち、足利尊氏と戦って戦死。

出典:小学館
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デジタル版 日本人名大辞典+Plus

名和長年 なわ-ながとし
?-1336 鎌倉-南北朝時代の武将。
正慶(しょうきょう)2=元弘(げんこう)3年後醍醐(ごだいご)天皇を擁して伯耆(ほうき)(鳥取県)船上山(せんじょうさん)で挙兵。建武(けんむ)政権では記録所の寄人(よりゅうど)などをつとめる。建武3=延元元年足利尊氏を京都で撃退したが,のちふたたび京都入りした尊氏軍に敗れ,同年6月30日戦死。伯耆出身。初名は長高。通称は又太郎。

出典:講談社
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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

世界大百科事典 第2版

なわながとし【名和長年】
?‐1336(延元1∥建武3)
建武新政期の武将。当初,伯耆国長田(ながた)荘を名字の地とし,長田又太郎長高といったが,長講堂領稲積荘内と推定される名和に館を構え,名和氏を称し,富裕な人として知られた。この荘の海辺には天皇家の御厨(みくりや),賀茂社領など海民の拠点があり,のちに後醍醐天皇が長年に与えたという帆掛船の紋や,《蔗軒日録》に彼が鰯売(いわしうり)の商人と伝えられている点からみて,名和氏は海民を基盤にもつ廻船人,商人と関係があったものと思われる。

出典:株式会社平凡社
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大辞林 第三版

なわながとし【名和長年】
?~1336 南北朝時代の武将。伯耆ほうきの豪族。通称、又太郎。隠岐を脱出した後醍醐天皇を船上山せんじようせんに迎えて挙兵、鎌倉幕府軍を破る。建武政権に重きをなしたが、のち足利尊氏を京都に迎え撃ち戦死。

出典:三省堂
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日本大百科全書(ニッポニカ)

名和長年
なわながとし
(?―1336)
建武(けんむ)政権期に活躍した伯耆(ほうき)国(鳥取県)の豪族。もとの名を長田又太郎長高といったが、やがて名和の地に住し、名和氏を称するようになった。1333年(元弘3・正慶2)後醍醐(ごだいご)天皇が隠岐(おき)から脱出したとき、これを支持して船上山(せんじょうさん)に迎え、その強大な富力を背景に幕府軍と敵対し天皇の信任を得る。建武政権のもとでは伯耆守(かみ)に任ぜられ、恩賞方、記録所、雑訴決断所など新政の機関の一員として重要な地位を占め、また、京都の商業活動を管理する東市正(ひがしのいちのかみ)に就任するなど、異例の栄達を遂げる。しかし36年(延元1・建武3)6月、九州から東上し入京してきた足利尊氏(あしかがたかうじ)の軍勢と争って京都で戦死した。[酒井紀美]

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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精選版 日本国語大辞典

なわ‐ながとし【名和長年】
南北朝時代の武将。伯耆国(鳥取県)名和の地頭。初名、長高。通称、又太郎。法名釈阿。元弘三年(一三三三)後醍醐天皇の隠岐脱出を助け、船上山に迎えた。建武の新政で因幡・伯耆の守護・記録所寄人。のち足利尊氏と戦って戦死。延元元年(一三三六)没。

出典:精選版 日本国語大辞典
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歌舞伎・浄瑠璃外題よみかた辞典

名和長年
なわながとし
歌舞伎・浄瑠璃の外題。
作者
幸田露伴
補作者
右田寅彦
初演
大正4.12(東京・帝国劇場)

出典:日外アソシエーツ「歌舞伎・浄瑠璃外題よみかた辞典」
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旺文社日本史事典 三訂版

名和長年
なわながとし
?〜1336
南北朝時代の武将
伯耆 (ほうき) 国(鳥取県)の豪族。1333年後醍醐 (ごだいご) 天皇を隠岐より船上山 (せんじようざん) に迎えて挙兵。六波羅探題攻略に功をたて,建武新政府の記録所・武者所の寄人 (よりゆうど) ,因幡 (いなば) (鳥取県)・伯耆の守護となる。'36年,九州から入京した足利尊氏を迎え討って三条猪隈 (いのくま) で戦死した。

出典:旺文社日本史事典 三訂版
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