@niftyトップ

辞書、事典、用語解説などを検索できる無料サービスです。

向井千秋【むかい ちあき】

デジタル版 日本人名大辞典+Plus

向井千秋 むかい-ちあき
1952- 昭和後期-平成時代の宇宙飛行士。
昭和27年5月6日生まれ。心臓血管外科医。慶大助手をへて,昭和60年搭乗科学技術者(PS)にえらばれ,宇宙開発事業団(現宇宙航空研究開発機構,JAXA)職員となる。平成4年スペースシャトルによる第2次国際微小重力実験室の首位PSにえらばれる。6年スペースシャトル「コロンビア」に搭乗,14日17時間55分の宇宙滞在を記録。10年「ディスカバリー」で2度目の宇宙飛行を経験した。群馬県出身。慶大卒。旧姓内藤

出典:講談社
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

日本大百科全書(ニッポニカ)

向井千秋
むかいちあき
(1952― )

宇宙航空研究開発機構(JAXA(ジャクサ))に所属していた宇宙飛行士。群馬県館林(たてばやし)市生まれ。旧姓、内藤。日本初の女性宇宙飛行士である。1977年(昭和52)慶応義塾大学医学部卒業、1988年同大学医学博士号取得。1977年より同大学医学部外科学教室医局員として、大学や病院での診療に従事。同大学医学部外科学教室助手を務めていた1985年8月、宇宙開発事業団(NASDA(ナスダ)。現、JAXA)のペイロードスペシャリスト(搭乗科学技術者、PS)に、毛利衛(もうりまもる)、土井隆雄(どいたかお)とともに選ばれる。同年11月NASDAに入社。1987年6月~1988年12月、NASA(ナサ)(アメリカ航空宇宙局)ジョンソン宇宙センターの宇宙生物医学研究室にて心臓血管生理学の研究に従事。1992年(平成4)に実施された第一次材料実験(FMPT=ふわっと'92)では、バックアップPSとしてNASAマーシャル宇宙飛行センターで地上支援を行う。同年、ヒューストンのベイラー大学非常勤講師、慶応義塾大学医学部外科学客員講師となる。1994年7月、スペースシャトル「コロンビア号」にPSとして搭乗。第二次国際微小重力実験室(IML-2)計画が実施され、微小重力科学分野、ライフサイエンス分野、宇宙医学分野などに関する82のテーマの実験を行った。また1998年10月、再度PSとして「ディスカバリー号」に搭乗。1962年2月に初の地球3周飛行を成功させたグレンJohn H. Glenn(1921―2016)らとともに無重量下での免疫、筋力や睡眠の低下など、宇宙環境での老化の研究を行った。2004年(平成16)9月より2007年9月までフランスのストラスブールにある国際宇宙大学の客員教授。2007年10月JAXA有人宇宙技術部宇宙医学生物学研究室室長に就任した。2012年7月、JAXA宇宙医学研究センター長に就任。2014年2月には宇宙開発利用部会国際宇宙ステーション・国際宇宙探査小委員会委員に就任した。また、同年、日本学術会議副会長、東京理科大学特任教授にそれぞれ就任し、翌2015年4月には東京理科大学副学長に就任した。

[山本将史 2017年2月16日]

『NHK出版編『向井千秋の宇宙と体のおもしろい関係』(1995・日本放送出版協会)』

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

向井千秋」の用語解説はコトバンクが提供しています。

向井千秋の関連情報

関連キーワード

斎藤寅次郎マキノ雅広級化層理新藤兼人川島雄三市川崑久松静児森一生成瀬巳喜男日中関係

他サービスで検索

(C)The Asahi Shimbun Company /VOYAGE MARKETING, Inc. All rights reserved.
No reproduction or republication without written permission.

アット・ニフティトップページへ アット・ニフティ会員に登録

ウェブサイトの利用について | 個人情報保護ポリシー
©NIFTY Corporation