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呂不韋【りょふい】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

呂不韋
りょふい
Lü Pu-wei; Lü Pu-wei
[生]?
[没]始皇帝12(前235)
中国,戦国時代末のの政治家。もと陽 (河南省禹県) ,一説濮陽 (河南省濮陽) の大商人であるが,趙に人質となっていた秦の公子子楚を助け,子楚が秦の荘襄王となるや,その丞相となり,次の始皇帝にも相国仲父として尊信されたが,まもなく失脚して自殺した。秦王政 (始皇帝) 7 (前 240) 年には,その食客たちに,百科全書呂氏春秋』を編集させた。

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デジタル大辞泉

りょ‐ふい〔‐フヰ〕【呂不韋】
[?~前235]中国、宰相。もと、陽翟(ようたく)(河南省)出身の大商人。荘襄王に仕えて丞相(じょうしょう)となり、始皇帝に仲父と尊称されたが、密通事件に連座して自殺。編著呂氏春秋」。

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世界大百科事典 第2版

りょふい【呂不韋 Lǚ Bù wéi】
?‐前235
中国,戦国末の陽翟(河南省開封市南)出身の商人。趙で人質となっていた秦の子楚(荘襄王)擁立の裏工作をする。邯鄲かんたん)の舞姫と関係を結んでいたが,子楚が見初めると身ごもっていたのを隠して与えた。やがて生まれたのが始皇帝であるという。荘襄王の下で丞相,始皇帝が即位すると相国となり,仲父の称号を与えられた。太后となった舞姫との関係は依然として続き,隠蔽のため送り込んだ嫪(ろうあい)がもとで発覚し自殺した。

出典:株式会社平凡社
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大辞林 第三版

りょふい【呂不韋】
?~前235 中国、戦国末の秦の宰相。河南省の豪商で、趙ちようで人質となっていた秦の子楚(荘襄王)を王位につけ、宰相となる。子楚の子、政(始皇帝)が即位すると、仲父と呼ばれて位を極めた。のち始皇帝の不興を買い自殺。始皇帝の父とする説もある。編著「呂氏春秋」

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日本大百科全書(ニッポニカ)

呂不韋
りょふい
(?―前235)
中国、戦国末の潁川(えいせん)郡陽(ようたく)県(河南省)出身の大商人。のち政治家として秦(しん)の政治に関与した。秦の公子子楚(しそ)が、太子にたてられる見込みもなく趙(ちょう)の都邯鄲(かんたん)に人質として送られていたのに目をつけ、子楚を利用して秦の政権に参与しようと謀った。そこで子楚の父、安国君の寵愛(ちょうあい)する華陽夫人を介して子楚を嫡嗣(ちゃくし)とする約束を取り付ける一方で、すでに自分の子を宿している愛姫を偽って子楚に献じ、政(始皇帝)を生ませた。やがて計画どおり子楚が秦王(荘襄(そうじょう)王)となってから、秦王政のときに(ろうあい)の乱に連座して蜀(しょく)に流されそうになり自殺するまで、呂不韋は丞相(じょうしょう)、文信侯として秦の政治を左右した。彼は傘下の賓客たちに当時の儒、墨、法、道、陰陽五行などの諸子百家の思想を『呂氏春秋』としてまとめさせたが、彼自身とくに道家や陰陽五行家に傾倒していたようである。このことは、彼の死後法家の李斯(りし)が秦の天下統一前後の政策に加わっていくのに比べて考えると、秦国の政治が当初は法家的立場をとっていなかったことを意味しており、興味深い。[鶴間和幸]

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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精選版 日本国語大辞典

りょ‐ふい ‥フヰ【呂不韋】
中国戦国末の商人で秦の宰相。趙の人質となっていた秦の荘襄王を庇護、のちにその擁立の功によって丞相となり、始皇帝に仲父と尊称されたが、密通事件に連座して失脚、自殺した。学者を優遇し、諸説を折衷して「呂氏春秋」を編纂。俗説では始皇帝の実父とされる。紀元前二三五年没。

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