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周敦頤【しゅうとんい】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

周敦頤
しゅうとんい
Zhou Dun-yi
[生]天禧1(1017).舂陵
[没]煕寧6(1073).6.7.
中国,北宋の儒学者。道州営道県 (湖南省) の人。字は茂叔。濂渓先生と称された。程 顥 (ていこう) ,程頤 (ていい) 兄弟が少年の頃彼について学んだため,二程子の師とされ,それゆえ道学の創立者とされてきた。著書に『太極図説』と『通書』があるが,前者は「太極」と「無極」の相即を説き,またその動静によって生じた陰陽・五行の錯綜による万物の生成を説くことから,天地の生成,構造の最も明解なプログラムとして朱子に顕彰された。また『通書』は,『易』や『中庸』をもとにして「」の思想を説いているが,特に人は学問によって聖人となりうるものであるとしたところに意義がある。

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デジタル大辞泉

しゅう‐とんい〔シウ‐〕【周敦頤】
[1017~1073]中国、北宋の思想家。営道(湖南省)の人。字(あざな)は茂叔。号、濂渓(れんけい)。「太極図説」をし、朱子学に影響を与えた。また「通書」で、道徳的価値の究極としての誠を強調。

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世界大百科事典 第2版

しゅうとんい【周敦頤 Zhōu Dūn yí】
1017‐73
中国,北宋時代の哲学者。湖南省の人。字は茂叔。その号濂渓(れんけい)は,彼が廬山蓮花峰(れんげほう)のふもとにかまえた濂渓書堂にちなむ。官僚としての経歴には目立ったところはないが,朱熹(しゆき)の顕彰により,道学(朱子学)の第一走者として敬され,《宋史》道学伝の筆頭伝記を立てられた。著書に《通書》と《太極図説》がある。前者で説かれる〈人は学ぶことによって聖人になりうる〉という主張は,のちの朱子学と陽明学バックボーンとなった。

出典:株式会社平凡社
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大辞林 第三版

しゅうとんい【周敦頤】
1017~1073 中国、北宋の学者。字あざなは茂叔。濂渓れんけい先生と呼ばれた。仏教や道教を取り入れた儒教の宇宙論を作り、宋学(性理学)の祖といわれる。著「太極図説」「通書」など。

出典:三省堂
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日本大百科全書(ニッポニカ)

周敦頤
しゅうとんい
(1017―1073)
中国、北宋(ほくそう)の思想家。字(あざな)は茂叔(もしゅく)、道州営道(湖南省道県)の人。濂渓(れんけい)の上(ほとり)に生まれ、晩年、廬山(ろざん)の麓(ふもと)に濂渓書堂を築き、よって濂渓先生と称せられた。生涯、地方官として各地を転々とし、任地では徳望があって一部の識者にその人格の高潔さをたたえられはしたが、当時はほとんど無名に近かった。彼が孟軻(もうか)(孟子)以来の絶学を伝えた者として思想界に重んじられるのは、朱熹(しゅき)(朱子)の表彰による。著作には『太極図(たいきょくず)』『太極図説』『通書』などがあり、のちに編纂(へんさん)された『周子全書』に収める。その学説は『易(えき)』と『中庸(ちゅうよう)』とを根拠にして道家・道教の思想を取り込んでいるが、「無極而(にして)太極」説をはじめ主静説、誠説、聖人可学説など、宋学の根幹にかかわる問題を多々含んでいた。[大島 晃]
『荻原擴著『周濂渓の哲学』(1935・藤井書店) ▽西晋一郎・小糸夏次郎訳注『太極図説・通書/西銘・正蒙』(1938・岩波文庫)』

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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精選版 日本国語大辞典

しゅう‐とんい シウ‥【周敦頤】
中国、北宋の儒学者。字(あざな)は茂叔。湖南道州の人。唐代の経典の注釈にかわり、仏教や道教の哲理を応用した儒教哲学を創始した。著に「太極図説」「周子通書」がある。居所の名をとって濂渓(れんけい)先生と呼ばれた。(一〇一七‐七三

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