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呪術【じゅじゅつ】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

呪術
じゅじゅつ
magic
なんらかの目的のために,超自然的な存在 (精霊その他) の助けをかりて,種々の現象を起させようとする行為およびそれに関連する信仰体系のこと。術は magicの訳語で,古代ペルシア語の祭司ないし呪術師を意味する magusに由来する。 J.G.フレーザーは,呪術は現象を統御しようとする点で科学に似ているが,それはまちがった観念連合ないし因果律に基づいており,このまちがいが認識されて宗教が生れると述べ,呪術先行論を唱えた。 É.デュルケムは宗教先行説を唱え,呪術の信仰を宗教的信仰の特殊な形態とみなし,宗教から呪術が生れたと主張した。宗教には教会のような宗教的集団の存在が予想されるが,呪術は個人的に行われるとも述べている。ところが,呪術と宗教のいずれが先に生れたかを歴史的にあとづけることが困難であること,また宗教と呪術を区別することがしばしば困難であることが,その後の人類学者らによって主張された。呪術と宗教の境界は文化によって異なり,両者が互いに混在していることが多いので,呪術=宗教的という語がよく用いられる。それにもかかわらず,呪術が霊的存在を強制し統御しようとするのに対して,宗教は霊的存在に懇願する態度から成ると述べたフレーザーの見解は,基本的には支持される場合が多い。呪術と宗教は,C.レビ=ストロースが述べたように,一方のみが存在するというものでもなければ,進化の段階にかかわるものでもないと思われる。呪術には,類似の原理に基づくものと,接触の原理に基づくものがある。雨乞いのために水を振りまく呪術は降雨のまねで,このような類似の原理による呪術を類感呪術とか模倣呪術という。他人を傷つける目的で,その人の毛髪や爪などを焼く呪術は,接触ないし感染の原理に基づくもので,感染呪術あるいは伝染呪術といわれる。また,わら人形に釘を打込んで人を呪う呪術は前者に属するが,このように人に災いを与えることを目指す呪術は,黒い呪術ないし邪術と呼ばれる (→妖術 ) 。これに対して,雨乞いの呪術のように社会のためになる善意の呪術は白い呪術と呼ばれる。ただしこの区別は絶対的なものではない。呪術の信仰は,技術が進んで自然に対する統御が発達し,科学的知識が普及するのに伴って衰えるが,現代社会においても存続している。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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デジタル大辞泉

じゅ‐じゅつ【呪術】
神や精霊などの超自然的力や神秘的な力に働きかけ、種々の願望をかなえようとする行為、および信念まじない・魔法・魔術など。

出典:小学館
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:田中牧郎、曽根脩
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世界大百科事典 第2版

じゅじゅつ【呪術】
一般に,超自然的な方法によって意図する現象を起こそうとする行為,信仰,観念の体系の総称。英語magic(マギ)などの訳語で,〈魔術〉〈奇術〉も元来は同じ言葉だが,宗教学や人類学ではもっぱらこの語を用いる。〈魔術〉は特に西欧における神秘思想の一領域を指すことが多い。
[呪術の要因
 呪術を成り立たせているものは具体的には呪的行為と呪物(呪具)であり,そしてそれを観念的に支えているのは呪的信仰体系や呪的思考様式である。

出典:株式会社平凡社
Copyright (c) Heibonsha Limited, Publishers, Tokyo. All rights reserved.

大辞林 第三版

じゅじゅつ【呪術】
超自然的な存在にはたらきかけて、種々の現象を起こそうとする行為およびそれに関連する信仰の体系。 → 邪術妖術

出典:三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

日本大百科全書(ニッポニカ)

呪術
じゅじゅつ
超自然的な存在に訴えることによって、病気治療、降雨、豊作、豊漁などの望ましいことの実現を目ざした行為。[吉田禎吾]

呪術の意味と種類

呪術は英語のmagicの訳で、まじない、魔術ともいわれるが、手品師を魔術師ともいうので、手品と区別するために呪術という語が用いられている。magicは、語源的には古代ペルシア語のMagus(占いや呪術を職業としている集団)に由来し、ギリシア語のmagos(マグス人、呪術師)はその借用語である。この行為の背後には超自然的存在に関する信仰が存在することが多いが、信仰が呪術的行為の前提であるとは限らない。
 J・フレーザーは、呪術が超自然的霊格を統御することによって目的を達成しようとするのに対して、宗教は霊格に対する懇願であると述べて、両者を峻別(しゅんべつ)した。しかし、諸民族の宗教体系には両者の区別が明瞭(めいりょう)でないものが多く、宗教という用語のなかに呪術を含んで使われることが少なくないし、「呪術・宗教的」という語も用いられる。フレーザーはまた呪術と宗教の関係を発達段階としてとらえ、呪術のほうが宗教よりもより原始的であると論じたが、もっとも原始的とされる狩猟採集民においても、至高神の崇拝をめぐる宗教体系がみられることがしばしばあり、一概に呪術が古いとはいえない。たとえばアフリカの狩猟民であるサンとインドネシアのスマトラに住む農耕民ミナンカバウとを比較した場合、文化的には後者のほうが複雑であるが、呪術はミナンカバウのほうにいっそう顕著である。
 長い間日照りが続くと、水をまいたり、太鼓をたたいたりして行う雨乞(あまご)い儀礼は世界各地の伝統社会にみられるが、水を地面にまき、太鼓をたたいたりする呪術は、降雨と雷鳴のまねである。このように望ましい現象と似たことを行う呪術を、フレーザーは「類感呪術」あるいは「模倣呪術」とよんだ。これに対し、日本に、病弱な子供を健康にするために、じょうぶな子供の着ていた着物の布きれを集め、それを縫い合わせて着せるという習慣がある。これは、フレーザーが「感染呪術」とよんだもので、「接触呪術」ともいわれる。他人を病気にさせるために、その人の毛髪、爪(つめ)、排泄(はいせつ)物、衣服などを火にかけたりする呪術も、感染呪術の一種である。雨乞いとか健康回復を目ざす呪術は、社会や人のために行う呪術として「白い呪術」ともいわれる。人を苦しめ呪(のろ)い殺すための呪術は「黒い呪術」といい、「邪術」sorceryともいわれる。[吉田禎吾]

呪術と世界観

呪術はその社会の世界観と密接に関係している。たとえばインドネシアのバリ島には、他のインドネシア諸地域におけるように、右(手)を優越したものとして尊び、左(手)を不浄視する思想があるが、ここでは、呪術を「右の呪術」と「左の呪術」とに分け、「右の呪術」が病気の治療などを図る呪術のように、よい目的のための「白い呪術」であるのに対し、「左の呪術」は人を呪い殺すための悪い呪術、邪術、「黒い呪術」である。バリ島では、邪術によってかけられた病気を治す方法の一つとして、ヤシの木の北東側になっている若い実をとり、チュクリという陸貝の一種と、海のルンシルと称する貝を油で揚げ、その油をヤシの実の中に入れて混ぜたものを患者に飲ませるという。なぜ北東側になっているヤシの実を使うかというと、バリ南部では北東側がよい方角と考えられているからである。バリでは、「山の方」と「海の方」という象徴的二元論が際だっており、「山の方」が神聖な方角であり、「海の方」が不浄な方角とされている。バリ島中部が山岳地帯になっているため、バリ南部では「山の方」がほぼ北方にあたり、北部では「山の方」が南方にあたる。これとともに、東方を神聖視するので、バリ南部では北東がもっともよい方角となる。北東側になったヤシの実が治療薬として尊重されるのは、このようなバリの方位観に由来している。
 メキシコ南部のマヤ語族に属するツォツィルTzotzil語を話すインディオは、病気を治療するための呪術・宗教的な儀礼を行っている。これを行うのは呪医で、病気治療のための儀礼は一般に東に向かって行う。儀礼のなかで首をひねって殺した鶏が、頭を東に向けて倒れると病気は全快するといわれる。また儀礼のなかで患者の周りに立てた何本ものろうそくが燃え尽きたとき、芯(しん)が東の方に倒れるのは病気の回復を意味するという。これは、彼らが東を「日が昇る所」として尊重し、西を「日の沈む所」として悪い方位としているところからきていると思われる。
 これらのインディオは、飲食物や植物を「熱い」と「冷たい」のカテゴリーに分類しているが、邪術を行う場合、洞窟(どうくつ)の中で「熱い」と分類されている牛肉を埋めると、相手は発熱と下痢に苦しむとされ、卵、カタツムリ、魚など同様に「熱い」とされている食物を埋めると、相手の胃が熱くなるという。そして「冷たい」と分類される豚肉を埋めると、相手は寒気を催し、風邪(かぜ)をひくと考えられている。豚の頭を西向きに埋めると、相手の腹を冷やし、下痢をおこすという。ここに「日の沈む所」(西)を悪い方位とする観念も表れている。健康体は「熱い」と「冷たい」の均衡が保たれていることであり、この均衡が崩れ、「熱い」状態になりすぎると、また「冷たい」状態になりすぎると病気になるとされている。これを呪術・宗教的な儀礼によってもとの均衡状態に戻すのが呪医の役割なのである。[吉田禎吾]

妖術と邪術

ヨーロッパにおいて16世紀から17世紀にかけて、いわゆる「魔女狩り」が盛んに行われた。魔女というのは、なにか超自然的な方法で他人に害を与えるとされる女性のことである。呪術によって他人を病気にさせ、あるいは危害を与えるとされた者の多くが女性であったことは明らかであるが、なかには男性もいたので、魔女という語はかならずしも適切でない。呪術によって他人を病気にさせたり、危害を与えることができるという信仰はヨーロッパに限らず、前述のインディオそのほか多くの伝統社会にみられ、呪術(邪術)を用いたと非難される者が女性である社会も少なくないが、なかには、アフリカのルグバラLugbaraのようにつねに男性である社会もある。したがって、こういう現象を広く比較してみるためには、魔女という語は適切でない。文化人類学では妖術(ようじゅつ)師とか邪術師という語のほうが用いられることが多いし、しいて日本語にせず、英語のウィッチwitchという語がそのまま使われることもある。
 アフリカのアザンデの人々の間では、ある人のもっている神秘的な霊力が働き、その人に意図がなくても、他人に憎しみやねたみを感ずると、相手の人に災いをもたらすと信じられている。そのような一種の心霊作用は妖術witchcraftといえよう。このほかに意図的に他人に災いを与えるために行う呪術(邪術)の観念がある。このように妖術と邪術の区別はアザンデの人々が行っているのであって、伝統社会において、両者の区別が明白になされていない所も多く、アザンデの人々のいうような邪術の信仰があって、無意図的な心霊作用を意味する妖術の観念の欠如している社会もしばしばある。ここで注意しなければならないのは、ヨーロッパの妖術の観念と、アザンデのそれとの相違である。前者の場合にはキリスト教神学とともに科学思想が存在していたわけで、両文化の観念体系という脈絡を離れて妖術を論ずることはできない。
 魔女、妖術師、邪術師などの容疑者に対する非難はどの社会においても大なり小なり行われるが、こういう非難や迫害が16、17世紀のヨーロッパにおけるほど激しく行われた例はほかに見当たらない。
 ヨーロッパの妖術信仰においては、前述の邪術と妖術の区別はかならずしも明白ではなく、これをすべて意図的な呪術としての邪術に含めてしまうことはできない。またヨーロッパにおける妖術観念はキリスト教が生み出したものではなく、キリスト教が広がる前から存在したことも明らかである。キリスト教化された西洋社会がそれを一定のステレオタイプに性格づけ、妖術師を悪魔と契約を結んだものとして激しく迫害したのである。ヨーロッパの妖術の全盛期(16~17世紀)は、経済的、政治的、社会的な変動の嵐(あらし)が各地に巻き起こっていた時代であり、このような社会不安は妖術師とされた者への迫害を激化させた一因であるといわれる。
 妖術や邪術の信仰が存在する社会では、当然これらに対抗するための手段、これらを防ぎ、治療する手段がとられる。治療の場合に、妖術(邪術)をかけた者の発見が必要条件とされることもある。予防のためには、下につける下着を頭にかぶるような「逆さまの呪力」を用いるとか、排泄物の呪力を活用することがある。
 妖術(邪術)の患者を治療する場合にも、象徴的逆転といわれる呪術が行われることがある。メキシコのマヤ系インディオにおいては、呪医が病気治療のための儀礼を行うが、邪術による病気の治療においては、ある呪医によると、ろうそくを逆さまにし、その底部を切ってしんを出し、これに火をともして祈る。これは邪術を「ひっくり返すため」であるといわれ、ここに象徴的逆転の観念がうかがえる。
 妖術はいろいろな社会で(たとえばバクウェリの社会で)「ねたみ」「そねみ」の観念と結び付いており、妖術師のねたみを買うとその餌食(えじき)になると信じられている。アフリカの農耕民ニャキュサの妖術師は、夜間に空中を飛んできて、恨みに思う者を襲うとされている。ねたみを受けると妖術師の攻撃を受けやすいとされている。また妖術師は、けちな人をねらうともいわれる。要するに妖術師は、けちな人間や、不親切な人間、成功しすぎた人間を襲うと信じられている。こういう人間はまた妖術師の嫌疑を受けやすい。このように、妖術や邪術に対する恐怖が、人々に社会の規範に従わせるという面を備えていることは否定できない。[吉田禎吾]

妖術のイメージ

妖術の観念が存在する多くの社会において、妖術の観念はそれぞれの社会に応じて著しく異なり、妖術という語を安易に使うべきでないとする学者もいる。しかし反面において、互いに地理的、歴史的、文化的にかけ離れ、異なる諸民族の間に存在している妖術師の観念には類似点もみられる。多くのアフリカ社会、古代ローマ、中世から近世にかけてのヨーロッパ、北アメリカのナバホには、妖術師自ら動物に変身することができ、人の死体を食べると考えられている。東インドネシアのロングレン(レンバタ)島のケダンでも、妖術師はカラス、ネズミ、蛇に変身するとされている。いろんな社会における妖術師のイメージは、その社会の正しさ、善、常人とまったく反対のイメージであり、邪悪のイメージである。社会の秩序に関する基本的な条件はどの社会においてもそれほど違うものではないので、妖術者についてのイメージには、差異のある反面、このように類似する要素がみられるのである。アフリカのルグバラの社会では、妖術師(つねに男性である)は動物に変身できると信じられており、普通の人間が黒いのに対して妖術師の皮膚の色は白いか灰色であり、身体のどこかにほかとは異なる点があるとされている。足が不自由であったり、背が曲がっていたり、睾丸(こうがん)が一つであるとか、性的に不能であるとか、あるいは近親相姦(そうかん)を行い、人肉を食べるといわれ、さらに夜に逆立ちして歩くという。これらはいずれも普通の人間の正反対の特徴か、どこか普通の人と違う点を備えている。
 ルグバラとは言語と文化の異なるナイル川流域の牧牛民ディンカDinkaの妖術師のイメージをみると、妖術師には人間の指くらいの短いしっぽがついているという。ディンカはホームステッド(居留している土地)の真ん中で排便することはなく、つねに野生の土地に行ってする。ところが、妖術師はホームステッドの真ん中で排便したり、料理用の器にひそかに小便をして逃げるという。南スーダンの民族集団マンダリMandariにおいても、妖術師にはしっぽがあるとか、妖術師は人間の死体を食べたり、獣姦を行うとされている。また妖術師は排便すべきでない所に排便するという。これらもすべて正常な人間の行わないことで、正常な行為の逆さまな要素である。ヨーロッパの魔女たちが行ったとされる集団的な黒いミサも、実際に行われたわけではなく、このような魔女に対するイメージの一つを表すものだとノーマン・コーンNorman Cornは論じている。[吉田禎吾]

現代社会と呪術

現代の社会において、呪術的行為は消滅したわけではなく、飲食店に招き猫が置かれ、自動車に神社仏閣などの御守(おまも)りがよくみかけられる。招き猫や御守りは呪物である。また結婚式に「吉日」を選ぶのは一般的である。科学技術の進歩に伴って、古代から受け継がれてきた呪術や俗信を不合理であるとする見方が出てくると、これらを「迷信」とよぶようになる。「迷信」という観念自体、社会の近代化に伴って生まれるものであり、また自分の信じていない他人の信仰が迷信とよばれることが多い。かつてタイラーE. B. Tylorは『原始文化』(1871)のなかで呪術のことを、人類を悩ましてきた「幻想」であると述べたが、その後、現地調査が進むにつれて、それが多くの住民にとっては、まぎれもない「現実」であることがわかってきた。さらに現在では、呪術とか魔法という言葉自体が、西洋的な合理主義から見下した思考に基づいており、非西欧社会の「論理」を無視したとらえ方であるという見解もある。また1970年、1980年から、たとえば、アメリカ大陸の先住民の呪術やシャーマニズムには西洋の科学では説明できない現象があるという論議がなされており、フランスの農村で邪術の調査をした人類学者(ファブレ・サーダ)は邪術には客観的現実性があることを1977年の著書で述べている。アフリカのソンガイで調査をした人類学者(ストーラーとオルケス)は実際に邪術に攻撃された経験について記している。[吉田禎吾]
『J・A・ロニー著、吉田禎吾訳『呪術』(1984・白水社・文庫クセジュ) ▽豊島泰国著『図説 日本呪術全書』(1998・原書房) ▽E・E・エヴァンズ・プリチャード著、向井元子訳『アザンデ人の世界――妖術・託宣・呪術』(2001・みすず書房) ▽武光誠監修『すぐわかる日本の呪術の歴史――呪術が日本の政治・社会を動かしていた』(2001・東京美術) ▽松本浩一著『中国の呪術』(2001・大修館書店) ▽上田篤著『呪術がつくった国 日本』(2002・光文社) ▽黒塚信一郎著、豊嶋泰国監修『呪術秘法の書――神仏呪法実践読本』『呪術秘法の書――神仏呪法実践読本2』(2000、2003・原書房) ▽吉田禎吾著『呪術』(講談社現代新書)』

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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旺文社日本史事典 三訂版

呪術
じゅじゅつ
まじないなどにより超自然的な力を借りて,ある目的を達しようとする行為
宗教と科学が分化する以前の原始・古代社会に広くみられた。縄文時代の土偶や,卑弥呼 (ひみこ) のシャーマニズムはその代表例。

出典:旺文社日本史事典 三訂版
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金澤利明 竹内秀一 藤野雅己 牧内利之 真中幹夫
 
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