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善光寺【ぜんこうじ】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

善光寺
ぜんこうじ
長野市にある天台宗浄土宗に属する寺。山号は定額 (じょうがく) 山。推古天皇の頃,本田善光が,百済から伝えられた阿弥陀如来を祀って建立したと伝えられる。戦国時代には,兵火を避けて本尊が東海,近畿各地流転。たびたび火災で焼失したが,源頼朝,北泰時をはじめ多くの為政者帰依を受け,その都度再建。現在の本堂は,礼堂,外陣,内陣,内内陣をもつ重層の大建築で,江戸時代元禄年間の代表的建造物で国宝境内には山門仁王門経蔵,忠霊殿があり,付近に院,坊が多く,門前町を形成して,長野市発展の基礎をなした。善光寺如来信仰に支えられており,各地に新善光寺がある。

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朝日新聞掲載「キーワード」

善光寺
宗派で、「大勧進」を本坊とする天台宗の25寺院と、「大本願」を本坊とする浄土宗の14寺院が属している。双方に「貫主(かんす)」「上人(しょうにん)」と呼ばれるトップがおり、その2人が善光寺の象徴として「住職」を務めている。被告側の小松玄澄氏は大勧進の貫主で、原告側の柳沢貫一・前尊勝院住職は天台宗の25寺院の「一山」と呼ばれるグループのトップを務めていた。
(2011-02-05 朝日新聞 朝刊 長野東北信 1地方)

出典:朝日新聞掲載「キーワード」

デジタル大辞泉

ぜんこう‐じ〔ゼンクワウ‐〕【善光寺】
長野市にある単立宗教法人の寺。近世以来、天台宗大勧進浄土宗大本願が管理。山号は定額山。一説に、推古天皇のときに三国伝来一光三尊阿弥陀如来をまつって、皇極天皇元年(642)に堂宇を創建したのに始まると伝える。鎌倉時代に源頼朝再興、戦国時代には本尊が各地を転々とし、慶長3年(1598)に信濃へ遷座。たびたび火災にあい、現在の本堂(国宝)は宝永4年(1707)のもの。古来、宗派の別を超えて広く信仰を集めている。
山梨県甲府市にある浄土宗の寺。山号は定額山。開創は永禄元年(1558)、開山は鏡空。武田信玄戦火が及ぶのを恐れ、本尊を甲府移して建立。甲州善光寺。

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デジタル大辞泉プラス

善光寺
北海道伊達市にある浄土宗の寺院。「有珠善光寺」ともする。山号は大臼山、本尊は阿弥陀如来。江戸幕府指定した蝦夷三官寺のひとつ。境内は国指定史跡。名所

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善光寺
長野県長野市にある単立宗教法人の寺院。山号は定額山。「信濃善光寺」ともいう。近世以来、天台宗大勧進と浄土宗大本願が共同で住職を務める。創建年不詳だが、平安時代後期から文献に名が見られる。江戸時代には「一生に一度は善光寺参り」と言われた阿弥陀信仰霊場で、現在も多くの参拝客が集まる。本堂は国宝、山門、経蔵は国の重要文化財に指定。

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善光寺
大分県宇佐市にある浄土宗の寺院。958年、空海が芝原に建立した一宇起源と伝わる。本尊は一光三尊善光寺如来三尊。本堂は国の重要文化財に指定。「豊前善光寺」「芝原善光寺」ともいう。

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世界大百科事典 第2版

ぜんこうじ【善光寺】
北海道伊達市にある浄土宗の寺。大臼山と号す。寺伝には慈覚大師草創とするが,1613年(慶長18),松前慶広が祈願所として小堂を建立したのが当寺の始まりである。1804年(文化1),江戸幕府の蝦夷三官寺の一つに指定され,八雲から白老地方に布教した。寺宝として,円空作の観音像,隠れキリシタン遺物の織部灯籠,2代住職鸞州のアイヌ語の《後世枝折》,3代弁瑞の念仏踊の指導書たる《子引歌》をはじめ多くの文化財がある。

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ぜんこうじ【善光寺】
山梨県甲府市にある寺。開山は信州善光寺大本願37代鏡空上人,開基を武田信玄という。山号は定額山といい,俗に甲斐善光寺とか甲府善光寺と呼ばれる。信玄は川中島での上杉謙信との決戦を前に,信州善光寺の本尊を,信濃国小県郡禰津村,甲州上条村日輪法城寺を経て1559年(永禄2)に現在地の仮屋に移し,如来堂の造営にとりかかった。当寺に現存する永禄7年(1564)の棟札には,このときの大勧進は遠州厳水寺源瑜,大本願に鏡空上人,勧進聖として浄雲,道空,道賀らの名が記されている。

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ぜんこうじ【善光寺】
長野市にある天台宗および浄土宗の別格本山。山号は定額山。古来,四門四額と称し,東門を定額山善光寺,南門を南命山無量寿寺,北門を北空山雲上寺,西門を不捨山浄土寺とする。本尊は善光寺式阿弥陀三尊で,善光寺如来とも呼ばれる。 草創の年次は明らかにしえないが,《扶桑略記》の仏教渡来の条によると,欽明天皇13年に百済国の聖明王が献じた1尺5寸の阿弥陀仏像と1尺の観音・勢至像が善光寺如来であるといい,この像を推古天皇10年4月8日に秦巨勢大夫に命じ信濃国に送ったと記している。

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事典・日本の観光資源

善光寺
(長野県長野市)
信州の古寺百選」指定の観光名所。

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善光寺
(兵庫県神戸市灘区)
灘百選」指定の観光名所。

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事典 日本の地域遺産

善光寺
(長野県長野市長野元善町491-イ)
美しき日本―いちどは訪れたい日本の観光遺産」指定の地域遺産。

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精選版 日本国語大辞典

ぜんこう‐じ ゼンクヮウ‥【善光寺】
[一] 長野市長野元善町にある寺。単立宗教法人の本堂を天台宗大勧進と浄土宗大本願とが管理している。山号は定額山。皇極天皇元年(六四二)信濃国(長野県)麻績(おうみ)里の本多(田)善光(一説に若麻績東人(わかおみのあずまんど)とも)が堂宇を創建し、三国伝来の一光三尊の阿彌陀仏を安置したのが始まりと伝えられる。古来善光寺参りとして参詣者が絶えない。現在の本堂は江戸中期の代表的建築物で国宝。信濃善光寺。
[二] 山梨県甲府市善光寺町にある浄土宗の寺。山号は定額山。永祿元年(一五五八)武田信玄が信濃国(長野県)の善光寺から本尊の阿彌陀三尊像を移して開創したと伝えられる。開山は信濃国善光寺大本願の鏡空。のち本尊は尾張、遠江などの国々を転々として、慶長三年(一五九八)信濃の善光寺に帰座。そのため当寺は無住となったが、江戸初期、増上寺の仰誉が再興。新善光寺。甲斐善光寺。甲府善光寺。
[三] 北海道伊達市有珠町にある浄土宗の寺。山号は大臼山。信濃国(長野県)善光寺の本尊の分身を安置する。天長年間(八二四‐八三四)の開創とされ、文化元年(一八〇四)徳川幕府が蝦夷(えぞ)開発のために設けた三官寺の一つとなり、荘海を招請。うす善光寺。

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歌舞伎・浄瑠璃外題よみかた辞典

善光寺
(通称)
ぜんこうじ
歌舞伎・浄瑠璃の外題。
元の外題
善光寺開帳
初演
元禄7(大坂・岩井半四郎座)

出典:日外アソシエーツ「歌舞伎・浄瑠璃外題よみかた辞典」
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旺文社日本史事典 三訂版

善光寺
ぜんこうじ
長野市元善町にある天台・浄土両宗の寺
その本尊は百済伝来の阿弥陀如来で,戦国時代より各地を転々とし,1598年に現在の地に帰った。天下の霊場として諸人の信仰を集め,善光寺参りが行われて,門前町長野が発達した。

出典:旺文社日本史事典 三訂版
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