@niftyトップ

辞書、事典、用語解説などを検索できる無料サービスです。

四国同盟【しこくどうめい】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

四国同盟
しこくどうめい
Quadruple Alliance
1815年 11月 20日,ナポレオン1世没落後のヨーロッパの平和維持を目的として,オーストリアロシアプロシアイギリスの4ヵ国間で結ばれた同盟ウィーン体制の維持と革命運動に対する共同武力干渉などを目的とした。 18年最初の定期会議をアーヘンで開いて,フランスの加入を承認し,五国同盟に発展したが,22年スペインの革命を契機に崩壊した。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル大辞泉

しこく‐どうめい【四国同盟】
1815年、イギリス・オーストリア・プロイセン・ロシアの4か国が結んだ同盟。ナポレオン戦争後のヨーロッパの平和維持の名の下に、ウィーン反動体制の擁護自由主義民族主義運動の抑圧を目的とした。1818年に、フランスが加わって五国同盟となった。

出典:小学館
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:田中牧郎、曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典 第2版

しこくどうめい【四国同盟 Quadrupelallianz[ドイツ]】
1815年11月20日ロシア,イギリス,オーストリア,プロイセンのあいだで結ばれた同盟であり,神聖同盟執行機関という役割をもった。ヨーロッパの古い王権を保持し,革命の再発を防ぐという神聖同盟の目的をうけて,同盟国は定期的に会合し,ヨーロッパにおける大国主義的支配体制を確立することに努めた。さらに1818年11月15日の神聖同盟アーヘン会議においてフランスも加盟し(五国同盟),〈五大国体制pentarchy〉をつくり出した。

出典:株式会社平凡社
Copyright (c) Heibonsha Limited, Publishers, Tokyo. All rights reserved.

旺文社世界史事典 三訂版

四国同盟
しこくどうめい
1815年,ウィーン会議ののちにイギリスのカスルレーの提案で成立した,イギリス・ロシア・プロイセン・オーストリアの同盟
ナポレオン戦争後のヨーロッパの平和維持・ウィーン体制の維持のための同盟で,1815年に成立した神聖同盟がキリスト教博愛・平和にもとづく,なんら実行力をもたないものであったため列強が結んだ。1818年のアーヘン列国会議でフランスが加盟して五国同盟となったが,イギリスが他国への内政干渉に反対して他の4国と対立し,1822年に崩壊した。

出典:旺文社世界史事典 三訂版
執筆者一覧(50音順)
小豆畑和之 石井栄二 今泉博 仮屋園巌 津野田興一 三木健詞
 
Copyright Obunsha Co.,Ltd. All Rights Reserved.
それぞれの項目は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

日本大百科全書(ニッポニカ)

四国同盟
しこくどうめい

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

四国同盟」の用語解説はコトバンクが提供しています。

四国同盟の関連情報

関連キーワード

グリム(兄弟)ラ・ファリーナオブレノビチ家ミロシュ・オブレノビチナポレオン戦争史(年表)フランス史(年表)国家連合ウィーン会議ルイ[18世]オイレンブルク

他サービスで検索

(C)The Asahi Shimbun Company /VOYAGE MARKETING, Inc. All rights reserved.
No reproduction or republication without written permission.

アット・ニフティトップページへ アット・ニフティ会員に登録

ウェブサイトの利用について | 個人情報保護ポリシー
©NIFTY Corporation