@niftyトップ

辞書、事典、用語解説などを検索できる無料サービスです。

国粋主義【こくすいしゅぎ】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

国粋主義
こくすいしゅぎ
自国の文化的ないし政治的伝統の独自性または優越性を強調し,それを政策思想の中心的価値と考える思想一般をさす。日本における国粋の具体的な内容は論者によって一定しないが,最初は,圧倒的な欧化主義の風潮のなかで伝統的な文化や生活様式を保存することの意義を国民の対外的独立と結びつけて主張していたが,次第に異質な外来の文化や思想に対する排外的な攻撃性や国家の対外的膨張の主張を特色としていった。前期の代表に三宅雪嶺陸羯南らの政教社があり,後者には木村鷹太郎や昭和期の右翼集団が属している。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル大辞泉

こくすい‐しゅぎ【国粋主義】
自国の歴史・政治・文化などが他国よりもすぐれているとして、それを守り発展させようとする主張・立場

出典:小学館
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:田中牧郎、曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典 第2版

こくすいしゅぎ【国粋主義】
敗戦までの近代日本において欧化ないし欧化主義に対立して,国粋つまり日本国民固有の長所を維持・発揚するよう主張した思潮。日本主義ともいう。時期により変遷はあるが,血統的に一系の天皇をいただく日本の国家体制の〈優秀性と永久性〉を強調する国体論が,核心をなした点では変りがないといってよい。
[思潮と運動]
 〈国粋〉〈国粋主義〉という言葉は,1880年代後半に三宅雪嶺,志賀重昂ら政教社の雑誌《日本人》が,明治維新後の文明開化,直接的には条約改正と関連して政府が推進していた欧化主義に反対して,〈国粋保存主義〉を唱道したのに始まる。

出典:株式会社平凡社
Copyright (c) Heibonsha Limited, Publishers, Tokyo. All rights reserved.

大辞林 第三版

こくすいしゅぎ【国粋主義】
自国民および自国の文化・伝統を他国より優れたものとして、排外的にそれを守り広げようとする考え方。

出典:三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

日本大百科全書(ニッポニカ)

国粋主義
こくすいしゅぎ
広義には一国家ないし国民の人種(民族)的文化的特性を他国のそれと区別して強調する考え方をいい、それはまた、民族の歴史的栄光や伝統的価値の強調と結合して主張されることが多い。民族主義、国家主義、国民主義などと同じくナショナリズムnationalismないしナショナリティnationalityの訳語の一つとして理解されている。
 近代日本における国粋主義の源流は、19世紀後半の幕末期に外圧に直面して台頭してきた尊王攘夷(じょうい)論や西洋文明の排除にみられる。こうした土着主義的な固有文化の価値の自覚は、やがて明治時代に入って、明治政府の推進する条約改正交渉や「鹿鳴館(ろくめいかん)」に象徴される皮相的な欧化政策への反発となって現れた。
 すなわち、明治10年代後半から20年代にかけて結成された各種の国粋派グループや、思想集団政教社のメンバーたちによって唱導された「国粋保存旨義(しぎ)(主義)」運動がそれである。ところが明治中期の国粋主義は後年の排外的な国家主義(ナショナリズム)とは異なり、欧化それ自体に反対を示すものではなかった。志賀重昂(しがしげたか)のことばを用いれば、「徹頭徹尾日本固有の旧分子を保存し旧原素を維持せんと欲するものに非(あら)ず、只泰西(ただたいせい)の開化を輸入し来るも、日本国粋なる胃官を以(もっ)て之(これ)を咀嚼(そしゃく)し之を消化し、日本なる身体に同化せしめんとする者也(なり)」(「『日本人』が懐抱(かいほう)する処(ところ)の旨義を告白す」)という、わが国の文明を発達させるための主体的な西洋文明の選択的摂取にその特質があった。しかし、このようないわば開かれた視座をもつ健康なナショナリズムとしての国粋主義は長くは続かず、やがて、高山樗牛(ちょぎゅう)や木村鷹太郎(たかたろう)らによって提唱された日本主義、大正中期の右翼的な国家主義団体の叢生(そうせい)(猶存(ゆうぞん)社、行地(こうち)社、大日本国粋会など)そして昭和初期の満州事変から日中戦争にかけて、青年将校らと協働したファッショ的政治運動へと進展してゆく。とりわけ太平洋戦争の時期にかけては、国粋主義は偏狭な国家主義、排外主義のイデオロギー(皇国史観や日本精神論)として猛威を振るった。このような昭和初期の歴史的事情から、往々にして国粋主義即ファシズムないし超国家主義という一元的な理解がなされやすいが、それはかならずしも正しい把握の仕方とはいえないであろう。[西田 毅]

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

精選版 日本国語大辞典

こくすい‐しゅぎ【国粋主義】
〘名〙 自国の伝統的要素を最もすぐれたものと考え、それを強調する、排外的、右翼的、保守的な立場。日本では明治半ば以降から、欧化主義に対して主張された。超国家主義と同じ意味に用いられる場合が多い。
※近年の文海に於ける暗潮(1896)〈戸川秋骨〉「此れより一転して国粋主義なる風を起し」

出典:精選版 日本国語大辞典
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

旺文社日本史事典 三訂版

国粋主義
こくすいしゅぎ
日本国民固有の伝統的な美質の尊重発揮を主張する主義
1888(明治21)年ころ志賀重昂 (しげたか) ら政教社の人びとが,民衆無視の欧化政策への批判として提唱(国粋保存主義)。のち日本主義と混用され,さらに,大日本国粋会(1919)などの右翼団体により,天皇中心の国家主義や偏狭な排外的民族主義の主張に用いられるようになり,ファシズム下の指導的精神となった。

出典:旺文社日本史事典 三訂版
執筆者一覧(50音順)
金澤利明 竹内秀一 藤野雅己 牧内利之 真中幹夫
 
Copyright Obunsha Co.,Ltd. All Rights Reserved.
それぞれの項目は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

国粋主義」の用語解説はコトバンクが提供しています。

国粋主義の関連情報

他サービスで検索

(C)The Asahi Shimbun Company /VOYAGE MARKETING, Inc. All rights reserved.
No reproduction or republication without written permission.

アット・ニフティトップページへ アット・ニフティ会員に登録

ウェブサイトの利用について | 個人情報保護ポリシー
©NIFTY Corporation