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国際軍事裁判【こくさいぐんじさいばん】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

国際軍事裁判
こくさいぐんじさいばん
International Military Trial
第2次世界大戦中のドイツの重大な戦争犯罪人を処罰するため,ニュルンベルクで行われた裁判。極東国際軍事裁判 (東京裁判) と対をなす。国家の行為について指導者個人の刑事責任を実際に問うた点で歴史的意義をもつ。被告は 24人のドイツ人で,訴因は共同の計画と謀議平和に対する罪,通例の戦争犯罪人道に対する罪の4項目に及んだ。 1945年 11月に審理が開始され,翌年 10月1日に 19人を有罪 (死刑および禁錮刑) ,3人を無罪とする判決が下された。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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デジタル大辞泉

こくさい‐ぐんじさいばん【国際軍事裁判】
主要な戦争犯罪人を裁くための国際的な軍事裁判。特に、第二次大戦後に行われた極東国際軍事裁判ニュルンベルク裁判をいう。

出典:小学館
監修:松村明
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世界大百科事典 第2版

こくさいぐんじさいばん【国際軍事裁判】

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日本大百科全書(ニッポニカ)

国際軍事裁判
こくさいぐんじさいばん
International Military Tribunal

第二次世界大戦後、アメリカ、イギリス、ソ連、フランスの4連合国が、ドイツの戦争指導者の責任を訴追し、処罰するために行った裁判。法廷地がドイツのニュルンベルクであったため、ニュルンベルク裁判として知られている。第二次大戦中から連合国は戦後に戦争犯罪人を処罰するという意思統一を図っていた。すでに1942年1月13日、ロンドンのセント・ジェームズ宮殿で行われた会議の宣言は、ドイツの占領地での恐怖政治を非難し、平和的人民に対する暴行に対して訴追・処罰する決意を表明した。この会議はベルギー、フランスなど9か国の亡命政府によって開かれたものであるが、イギリス、アメリカ、ソ連、中国などの諸国もオブザーバーを送っている。1943年10月には連合国戦争犯罪委員会がロンドンに設けられ、戦争犯罪人の処罰に関する準備が始められた。同年11月1日には、モスクワ三国外相会議を機として、アメリカ・イギリス・ソ連3国首脳の署名を得た「残虐行為に関する声明書」が発表され、残虐行為などを行った軍人やナチス党員をドイツが犯罪地の国に引き渡すことが休戦の条件であり、地域的に限定されない重大戦争犯罪人については連合国の共同決定によって処罰されるべきであるとした。1945年5月から6月にかけて連合国16か国の会議、さらに6月から8月にかけてアメリカ、イギリス、ソ連、フランスの4か国の会議がそれぞれロンドンで開かれ、その結果、8月8日には、ヨーロッパ枢軸諸国の「重大戦争犯罪人の訴追および処罰に関する協定」(いわゆるロンドン協定)が公表されたが、この協定には合計19か国の連合国が当事者として加わった。この協定に付属する国際軍事裁判所条例が、実際にドイツの戦争犯罪人の訴追と処罰の法的根拠を形成した。

 国際軍事裁判所条例は、裁判所の管轄に属する犯罪として、通常の戦争犯罪、すなわち戦争の法規または慣例の違反のほかに、平和に対する罪および人道に対する罪をあげ、これらの罪を犯そうとする共通の計画もしくは共同謀議の立案または実行に参加した指導者・組織者・共犯者は、その計画の遂行にあたって行われたすべての行為について責任あるものとした。裁判所は、アメリカ、イギリス、ソ連、フランスの4か国がそれぞれ1名ずつ任命した裁判官で構成され、裁判長にはイギリスのローレンスが互選された。4か国はそれぞれ主任検察官を1名ずつ任命し、その4名で訴追委員会が構成された。弁護人は全員ドイツ人であった。1945年10月18日にベルリンで起訴状が発表され、ゲーリングをはじめ24名が起訴された。裁判は11月20日に始まり、403回に及ぶ公判を経て、翌1946年9月30日から10月1日の2日にわたって判決が言い渡された。自殺または病死した2名を除き、22名について、判決は3名を無罪、19名を有罪とし、ゲーリング以下12名に絞首刑、ヘス以下3名に終身刑、他の4名に有期刑を科した。

 国際軍事裁判は、これをモデルとしてのちに行われた極東国際軍事裁判(東京裁判)とともに、侵略戦争を犯罪とし、非人道的行為についても個人の責任を問うものとした点に重要な意義がある。この裁判は東京裁判と比べて、平和に対する罪について量刑が軽く、他の罪について重い印象を与えるが、それは、この裁判で開かれた先例が東京裁判でいっそう定着性を高めたことを逆に示すものといえよう。

[石本泰雄]

『大沼保昭著『戦争責任論序説』(1975・東京大学出版会)』『横田喜三郎著『戦争犯罪論』(1947・有斐閣)』

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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精選版 日本国語大辞典

こくさい‐ぐんじさいばん【国際軍事裁判】
〘名〙 戦争の主要な指導者の、平和・人道などに対する罪を追及する国際的な軍事裁判。→極東国際軍事裁判ニュルンベルク裁判

出典:精選版 日本国語大辞典
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旺文社世界史事典 三訂版

国際軍事裁判
こくさいぐんじさいばん
戦争犯罪人をさばく国際裁判。➡ 東京裁判ニュルンベルク裁判

出典:旺文社世界史事典 三訂版
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