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園城寺【おんじょうじ】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

園城寺
おんじょうじ
滋賀県大津市園城町にある天台宗寺門派の総本山延暦寺山門というのに対し,寺門という。天智,天武,持統の3天皇の御産湯の水を汲んだ井戸があったということから,俗に三井寺がある。大友皇子創建といわれ,平安時代に円珍が入帰朝後に再興した。円珍寂後山門徒と抗争を繰返したが,延暦寺と並んで天台密教寺院,三井修験の本山として寺威はすこぶる興隆した。堂塔伽藍は幾度かの災禍で焼失し,安土桃山時代以降に再建された金堂,勧学院客殿,光浄院客殿などは国宝建造物。円珍関係の資料,『不動明王画像』 (→黄不動 ) など多数の国宝を収蔵している。

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デジタル大辞泉

おんじょう‐じ〔ヲンジヤウ‐〕【園城寺】
滋賀県大津市にある天台宗寺門派の総本山。山号は長等(ながら)山。奈良時代末ごろの創建円珍が再興し、貞観8年(866)延暦寺別院となったが、円仁門徒と対立した円珍門徒は正暦4年(993)当寺にって独立。延暦寺を「山門」「山」というのに対して「寺門」「寺」という。金堂・新羅善神堂・円珍像などは国宝。三井寺。

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世界大百科事典 第2版

おんじょうじ【園城寺】
滋賀県大津市にある天台寺門宗の総本山。山号は長等山。俗に三井寺といい,山門(延暦寺)に対して寺門ともいう。寺伝では,大友皇子の発願にもとづき,その子大友与多麿が686年(朱鳥1)に開創したというが,これは山門に対抗するための付会説で,実際には出土から,当地に住む大友村主(すぐり)氏の氏寺として白鳳時代に創建されたものであろう。寺の東方井泉があり,天智・天武・持統3帝の産湯を汲んだので三(御)井寺とよぶという。

出典:株式会社平凡社
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大辞林 第三版

おんじょうじ【園城寺】
滋賀県大津市園城寺町にある天台宗寺門派の総本山。俗に三井寺ともいう。山号、長等山。七世紀頃の創建。858年円珍が唐より帰朝して延暦寺別院とし、死後天台宗内の対立から993年に延暦寺と分離。以後、延暦寺が山門と呼ばれるのに対し寺門と呼ばれる。黄不動画像・金堂・経堂・勧学院客殿など文化財が多い。

出典:三省堂
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日本大百科全書(ニッポニカ)

園城寺
おんじょうじ
大津市園城寺町にある天台宗寺門(じもん)派の総本山。通称三井寺(みいでら)。比叡山(ひえいざん)延暦寺(えんりゃくじ)を山門というのに対し、寺門と称する。山号は長等山(ながらさん)。天智(てんじ)、弘文(こうぶん)、天武(てんむ)の3天皇の勅願により大友与多(よた)王が田園城邑(じょうゆう)を投じて長等山に建立、長等山園城寺と称したと伝えられる。白鳳(はくほう)時代の古瓦(こがわら)が出土するので、その時代に大友氏の氏寺として建てられたものではないかともいわれる。境内に天智、天武、持統(じとう)3帝の誕生水があったので、御井(みい)の寺といわれたとも、円珍(えんちん)(智証(ちしょう)大師)が霊泉の水を三部灌頂(かんじょう)の法水に用い、弥勒菩薩(みろくぼさつ)がこの世に下り、人々を救済するという弥勒三会(さんえ)の暁を待つ意味で三井寺とよばれたともいう。また、858年(天安2)に唐から帰国した円珍のもとに、新羅明神(しんらみょうじん)が姿を現し、将来した典籍を収めるによい場所として三井寺へ円珍を伴うと、162歳の教待(きょうたい)という老僧が迎え、大友与多王の子都堵牟麿(ととむまろ)が寺を円珍に献じたと伝えられている。
 天台宗では慈覚(じかく)大師(円仁(えんにん))系と智証大師系が並び行われ、両派から座主(ざす)が出ていたが、平安時代中期、座主に任ぜられた余慶(よけい)を慈覚大師系が拒否して両派の抗争が盛んとなった。ついに993年(正暦4)智証大師系の僧は園城寺へ入り、比叡山の慈覚大師系の山門と、園城寺の智証大師系の寺門の両派に分裂し、僧兵の跋扈(ばっこ)もあって互いに焼き打ちをしたりして争ったため、園城寺は平安時代に四度焼かれている。また、源氏と結び付いて後白河(ごしらかわ)法皇などの反平氏運動に協力したために堂舎を焼かれたが、源頼朝(よりとも)以下の保護を受けて再興した。智証大師派は寺門系の僧を受戒させるため、園城寺にも戒壇を新設しようとして山門と争い、また足利(あしかが)氏に近づいて北畠(きたばたけ)氏、新田(にった)氏に焼かれるなど、何度も焼かれている。1595年(文禄4)に豊臣(とよとみ)秀吉の怒りに触れて寺は壊され、寺領を没収されたが、のちに復興が許され、江戸時代には、北院・中院・南院の3塔に59院、5別所に25坊があった。門跡(もんぜき)寺院として円満(えんまん)院、聖護(しょうご)院、実相(じっそう)院をもち、東大寺、延暦寺、興福寺とともに京畿(けいき)の四大寺の一とされている。[田村晃祐]

年中行事

毎年5月16日に新羅善神(しんらぜんしん)堂で鬼子母神(きしもじん)祭が行われるが、子供の成長を祈って団子を神前に供えるので千団子ともいわれる。また、7月第2土曜日に札焼(ふだやき)、8月9日に観音菩薩(かんのんぼさつ)の千日会(せんにちえ)が行われる。[田村晃祐]

寺宝

建造物では、秀吉の北政所(きたのまんどころ)によって1599年(慶長4)竣功(しゅんこう)した園城寺金堂、翌年竣功の勧学院客殿、翌々年竣功の光浄院客殿(以上国宝)があり、桃山時代の代表的建築とされている。園城寺の鎮守の一つで、新羅明神を祀(まつ)る新羅善神堂(国宝)は、滋賀県に多い流造(ながれづくり)社殿の代表的なものである。そのほか唐院、閼伽井(あかい)屋、鐘楼、一切経蔵(いっさいきょうぞう)、大門、三重塔、食堂(じきどう)などが国重要文化財に指定されている。絵画、文書には、国宝として平安時代書写の図像「五部心観(ごぶしんかん)」や智証大師関係文書典籍51巻夾2帖(じょう)がある。また円珍が坐禅(ざぜん)中に感見したと伝えられる不動明王画像(黄不動、国宝)があり高野山(こうやさん)の赤不動、青蓮(しょうれん)院の青不動とともに、三大不動明王像の一つとされる。彫刻では、木像智証大師坐像(ざぞう)2躯(く)、新羅明神坐像1躯が国宝。そのほか国重要文化財指定の寺宝が多い。
 園城寺には四つの鐘があり、そのうち慶長(けいちょう)の大鐘はいわゆる「三井の晩鐘」として名高い。また「弁慶(べんけい)の引摺(ひきずり)鐘」は、弁慶が奪ったが、「いのう」(帰りたい)と鳴るので谷底へけ落としたという伝説をもつ。実際には、1264年(文永1)に山法師に奪われ、3年後に幕府の命によって返却されたものである。寺域には弘文天皇御陵、日本古美術の研究者フェノロサの墓がある。なお、西国三十三所第14番札所として知られる南院の山上の如意輪(にょいりん)観音は巡礼観音として名高い。[田村晃祐]
『上杉文秀著『日本天台史』(1936・破塵閣書房) ▽天台宗寺門派御遠忌事務局編『園城寺之研究』再版(1978・思文閣出版)』

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事典 日本の地域遺産

園城寺
(滋賀県大津市園城寺町246)
美しき日本―いちどは訪れたい日本の観光遺産」指定の地域遺産。

出典:日外アソシエーツ「事典 日本の地域遺産」
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精選版 日本国語大辞典

おんじょう‐じ ヲンジャウ‥【園城寺】
[1] 滋賀県大津市園城寺町にある天台寺門宗の総本山。山号は長等山。大友皇子(弘文天皇)の子大友与多王の草創という。貞観元年(八五九)智証大師円珍が延暦寺別院として再興し、天台修験の根本道場となる。正暦四年(九九三)天台宗内の争いから延暦寺と分かれて対立するようになった。その後延暦寺が山または山門と呼ばれるのに対し、寺または寺門と呼ばれる。何度も兵火を浴びたが慶長三年(一五九八)復興。金堂、光浄院客殿、勧学院客殿、智証大師坐像、不動明王像(黄不動尊)などの国宝がある。御井寺。三井寺。
[2] 〘名〙 ((一)にあるところから) 香木の名。分類は伽羅(きゃら)。香味は辛苦。六十一種名香の一つ。古来の十種名香に特に追加されたもので、併せて十一種名香とされる。〔山上宗二記(1588‐90)〕

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旺文社日本史事典 三訂版

園城寺
おんじょうじ
滋賀県大津市にある天台宗寺門派の総本山
俗称三井寺。7世紀後半の創建と伝える。859年円珍が再興し延暦寺別院とした。10世紀末,延暦寺内で円仁門徒と円珍門徒が争い後者は山を下ってこの寺に拠り,延暦寺と分離。延暦寺を山門というのに対し,園城寺を寺門といい,山門と寺門は以後数百年にわたって争った。国宝『黄不動』をはじめ文化財が多い。

出典:旺文社日本史事典 三訂版
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