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土岐氏【ときうじ】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

土岐氏
ときうじ
美濃の豪族。清和源氏源頼光の子孫光信が,美濃国土岐郷に居住したのに始る。南北朝時代,頼貞が足利尊氏に従って勢力を得て,美濃守護に補任され,以後頼遠,頼康,頼雄などが足利氏の有力な武将として活躍。代々美濃守護職を世襲した。天文 21 (1552) 年頼芸のとき,斎藤道三に滅ぼされたが,頼芸の子孫は代々旗本として美濃国本巣郡に住し,明治に及んだ。なお土岐支族の定政は徳川氏に仕え,その子孫は下総守谷 (1万石) ,摂津高槻 (3万石) の転封を経て寛保2 (1742) 年頼稔のとき老中に就任,上野沼田3万 5000石を領して明治にいたっている。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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世界大百科事典 第2版

ときうじ【土岐氏】
清和源氏の支流が,美濃国土岐郡に土着し,その地名をもって姓としたのにはじまる。始祖は,国房,光信,光衡など諸説があり未詳(図)。源経基の子孫満仲,頼光,頼国らは代々美濃守となり,任国に勢力を扶植し,12世紀の初め,頼国の子国房,その子光国らは厚見郡鶉郷などを拠点に在地武士団の形成の動きをしめしている。光国の子光信は土岐と称したと伝えるが,なおその活動は院の近臣として都を中心とするものであった。源平の合戦の際,光信の子光長は美濃源氏の中心として活躍したが,法住寺合戦で敗死した。

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日本大百科全書(ニッポニカ)

土岐氏
ときうじ
清和源氏(せいわげんじ)。源頼光(みなもとのよりみつ)の7代の孫光衡(みつひら)が平安末期美濃国(みののくに)(岐阜県)土岐郡内に住し、土岐氏を称す。頼兼(よりかね)や一族の多治見国長(たじみくになが)らは正中(しょうちゅう)の変(1324)に参画し失敗するが、頼貞(よりさだ)は足利尊氏(あしかがたかうじ)に従って美濃守護となる。南北朝時代には家紋桔梗(ききょう)を冠した一族一揆(いっき)を結び足利方として活躍、頼康(よりやす)・康行(やすゆき)は美濃・尾張(おわり)・伊勢(いせ)3か国守護を兼帯して一族繁栄したが、康行が足利義満(よしみつ)に討伐されて尾張・伊勢守護職を失う。その後一族のなかに幕府奉公衆(ほうこうしゅう)となる家が多く、美濃では豊嶋斎藤(としまさいとう)合戦、文明美濃の乱、舟田(ふなだ)合戦など家臣団内部の抗争が相次ぎ、1552年(天文21)頼芸(よりのり)が斎藤道三(どうさん)に追われて主流は没落。一族は全国に分派しており、江戸時代には上野(こうずけ)(群馬県)沼田(ぬまた)藩主土岐家のほか、旗本数家があって明治維新に至っている。[谷口研語]

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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