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坪井信道【つぼい しんどう】

美術人名辞典

坪井信道
江戸後期の医者。美濃生。名は道、は誠江戸に出て赤貧の中、宇田川玄真門下援助を受けつつ西洋医術を修める。深川開業したところ治療を請う者が絶えず、また学塾日習堂には多くの門弟が集まった。その学識篤行により長州萩藩毛利家の侍医に召される。門下に緒方洪庵・杉田成郷・黒田良安らがいる。伊東玄朴戸塚静海と並んで三大蘭方医と称された。嘉永元年(1848)歿、54才。贈正五位。

出典:(株)思文閣

デジタル大辞泉

つぼい‐しんどう〔つぼゐシンダウ〕【坪井信道】
[1795~1848]江戸後期の蘭方医。美濃の人。名は道。号、誠軒など。江戸で開業後、藩の侍医。門下に緒方洪庵川本幸民らがいる。「診候大概」など。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plus

坪井信道 つぼい-しんどう
1795-1848 江戸時代後期の蘭方医。
寛政7年1月2日生まれ。宇田川玄真にまなび,江戸深川で開業。かたわら蘭学塾安懐堂,日習堂をひらく。門人に緒方洪庵,川本幸民らがいる。のち長門(ながと)(山口県)萩(はぎ)藩主の侍医をつとめた。嘉永(かえい)元年11月8日死去。54歳。美濃(みの)(岐阜県)出身。名は道。号は誠軒,冬樹など。著作に「診候大概」,訳書に「万病治準」など。

出典:講談社
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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

坪井信道
つぼいしんどう
[生]寛政7(1795).1.2. 美濃
[没]嘉永1(1848).11.8. 江戸
江戸時代後期の蘭方医。は信道,号が誠軒。儒学秦滄浪倉成竜渚に学び,蘭学は宇田川玄真の学僕となって学んだ。文政 12 (1829) 年江戸深川に蘭方塾安懐堂を開き,天保3 (32) 年その近くに日習堂を併設して蘭方を教えた。門人に川本幸民,緒方洪庵,青木周弼など著名な蘭学者が多い。訳書に H.ブールハーフェの『万病治準』『診候大概』などがある。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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日本大百科全書(ニッポニカ)

坪井信道
つぼいしんどう
(1795―1848)

江戸後期の蘭(らん)医学者。美濃(みの)国脛永(はぎなが)村(岐阜県揖斐川(いびがわ)町脛永)の農家坪井信之の四男、号は拙誠軒(せつせいけん)、略して誠軒。父の死後長兄の僧浄界に養われ、長浜、名古屋で修学。1813年(文化10)北九州各地の医家、儒家を歴訪し、1815年中津藩医辛島成庵(からしませいあん)宅で宇田川榛斎(しんさい)著『医範提綱』をみて、蘭学修業の志を固めた。一時下関で医業を開いたが、1820年(文政3)江戸に出て、宇田川榛斎に入門し、学僕として蘭学を修業、1829年深川上木場三好町で開業、かたわら蘭学塾安懐堂を開設した。続いて1832年(天保3)深川冬木町にも日新堂を開塾し、2塾とも隆盛を極めた。この塾から箕作阮甫(みつくりげんぽ)、緒方洪庵(おがたこうあん)、川本幸民、黒川良安、広瀬元恭(げんきょう)らの著名な蘭学者を輩出した。

 著訳書にはブールハーフェの『万病治準』、フーフェランドの『神経熱論』、『診候大概』『遠西二十四方』『製薬発蒙』などがあるが、刊本は1冊もない。嘉永(かえい)元年11月8日死去。墓は東京都豊島区染井霊園にあり、郷里の脛永には顕彰碑がある。

[中山 沃]

『青木一郎著『年譜で見る坪井信道の生涯』(1971・杏林温故会)』

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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367日誕生日大事典

坪井信道 (つぼいしんどう)
生年月日:1795年1月2日
江戸時代後期の蘭方医
1848年

出典:日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」
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精選版 日本国語大辞典

つぼい‐しんどう【坪井信道】
江戸後期の蘭方医。本名道。別号誠軒・冬樹など。美濃(岐阜県)の人。江戸で儒学と蘭方医術を修め、毛利侯の侍医となった。また、学塾を開いて、緒方洪庵らを教えた。「万病治準」「診候大概」などの著訳書がある。寛政七~嘉永元年(一七九五‐一八四八

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