@niftyトップ

辞書、事典、用語解説などを検索できる無料サービスです。

堀川【ほりかわ】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

堀川
ほりかわ
京都市街地のほぼ中央を南流する小河川。鴨川の旧流路の一部にあたると考えられている。北区上賀茂で賀茂川から分流し,南区上鳥羽で鴨川に合流する。一時は九条通を西流し鍋取川の流路をとって天神川 (現西高瀬川) に合流していたこともある。全長約 8km。平安時代以来運河として利用され,材木輸送水路となり,中世には五条付近の沿岸木材業者が集っていた。近世以降は友禅染水洗いに利用された。現在では部分的に暗渠となっており,流量も少い。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

堀川
ほりかわ
名古屋市西区と名古屋港とを結ぶ運河。慶長 16 (1611) 年名古屋城築城の際に開削されたもので城門前の朝日橋から大瀬古橋まで全長 7.2km,幅 22~90m,水深約 1.8m。江戸時代尾張年貢米,材木などの物資の輸送に利用され,天王崎と尾頭には船番所がおかれた。その後木材や,その他の貨物の輸送に使われ,沿岸には倉庫貯木場が立地した。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

朝日新聞掲載「キーワード」

堀川
徳川家康の命を受け、名古屋城築城が始まった1610年に開削。水運大動脈として城下町を支えてきた。戦後は、物流担い手が自動車に移る一方で、水質悪化が進んだ。近年は親水空間として活用する試みが進む。
(2014-04-16 朝日新聞 夕刊 1社会)

出典:朝日新聞掲載「キーワード」

堀川
1610年(慶長15年)に始まった名古屋城築城に合わせ、資材を運ぶために福島正則が開削した運河。現在の全長は16・2キロで、名古屋市中心部を南北に貫き名古屋港へ注ぐ。江戸時代から米やなどを運ぶ大動脈として城下町を支え、川沿いには屋敷が並んだ。1930年代から68年までは松重閘門(こうもん)を介し、水位の違う中川運河ともつながっていた。
(2018-01-25 朝日新聞 朝刊 名古屋・1地方)

出典:朝日新聞掲載「キーワード」

堀川
遠賀川と洞海湾を結ぶ全長12キロの人工運河。江戸時代初期の1620(元和6)年暮れ、福岡藩主の黒田長政が治水対策として計画を始めたとされ、翌21年1月に造成工事が始まった。中断時期をはさんで1762年に開通遠賀川流域の年貢米や石炭を洞海湾へ運ぶ輸送路として栄え、「川ひらた」と呼ばれた喫水の浅い川船を中心に、最盛期の1899(明治32)年には年間13万隻が運航していたという。その後、鉄道の登場によって舟運は衰退し、用途が排水路に変わった。
(2020-09-24 朝日新聞 朝刊 北九・1地方)

出典:朝日新聞掲載「キーワード」

デジタル大辞泉

ほり‐かわ〔‐かは〕【堀川/堀河】
京都市街のほぼ中央を南流する川。北区大宮で賀茂川から分流し、南区上鳥羽付近で鴨川に注ぐ。→賀茂川
浄瑠璃「近頃河原達引(ちかごろかわらのたてひき)」の通称

出典:小学館
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:田中牧郎、曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル大辞泉プラス

堀川
古典落語の演目のひとつ。「猿廻し」とも。

出典:小学館
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典 第2版

ほりかわ【堀川】
地を掘ってつくった人工の川。とくに日本の古代都城内にあって,物資の運送などに用いられた運河をいい,堀河とも記す。平安京の場合は東西両市の内側を通って堀川がつくられ,東の堀川は二坊大路と三坊大路の坊門を南北に流れており,西の堀川も対照的に同じ位置にある。前者は賀茂川,後者桂川につながり,さらに淀川につらなっており,大規模な水運とむすびついて物資運送の重要な施設となっていた。これ以前の平城京の場合にも同じようなことがいえる。

出典:株式会社平凡社
Copyright (c) Heibonsha Limited, Publishers, Tokyo. All rights reserved.

ほりかわ【堀川】
愛知県名古屋市内を流れる運河。1610年(慶長15)の名古屋城築城の際に,城の西側竜之口から熱田湊(現,名古屋港)まで約6kmにわたって開削された。江戸時代は尾張藩の年貢米のほか,薪炭,魚菜,塩などの舟運が盛んで,流域には藩の米蔵重臣控屋敷が並び,河口付近には白鳥(しろとり)貯木場,木材奉行所などがあった。現在は木工業関係の工場,倉庫が運河沿いに並び,木材運搬水路として機能している。1960年代の高度経済成長期以降汚染が急激に進んだが,その後公害規制の強化,納屋橋改修(1982)など環境整備が進められている。

出典:株式会社平凡社
Copyright (c) Heibonsha Limited, Publishers, Tokyo. All rights reserved.

ほりかわ【堀川】
京都市街の中央部を南流する川。北区で賀茂川(鴨川)から分かれ,ほぼ現在の堀川通りに沿って流れ下り,南区上鳥羽で再び鴨川に合流する。全長約8.2km。平安京建設以前は堀川が鴨川の本流であったとする説もあるが,明証はない。紙屋川(天神川)を西堀川とよぶのに対し,東堀川とも称された。現在の堀川通りは平安京の堀川小路に相当し,他の小路が幅4丈であったのに対し,堀川の幅を加えて8丈幅であった(川を挟む両側の通りをおのおの東堀川通り,西堀川通りという)。

出典:株式会社平凡社
Copyright (c) Heibonsha Limited, Publishers, Tokyo. All rights reserved.

精選版 日本国語大辞典

ほり‐かわ ‥かは【堀川】
[1] 地を掘りうがって造った川。人工の川。
※詞花(1151頃)雑下・三八五「水上のさだめてければ君が代にふたたびすめるほりかはの水〈曾禰好忠〉」
[2]
[一] 京都市の市街地中央部を南北に流れる川。北区大宮で賀茂川から分流した小川で、一般に上京区一条戻橋付近から南区上鳥羽で鴨川に合流するまでをいう。平安京造営に際して開かれ、京染に利用された。全長八・二キロメートル。堀江。
[二] 大阪市北区の東部を流れていた天満堀川のこと。
※浮世草子・世間胸算用(1692)二「ほり川の材木屋の小者」
[三] 愛知県名古屋市内にある運河。名古屋城西方の滝ノ口から名古屋港まで通じる。慶長一六年(一六一一)名古屋城築城の際に開削。のち尾張藩の米・材木などの運送に利用された。全長約六キロメートル。大夫堀。
[四] 京都を流れる堀川の両岸に沿う道路。堀川通り。
[六] (五)の中の巻の称。お俊伝兵衛の心中の門出に、兄与次郎が猿回しを演じる。

出典:精選版 日本国語大辞典
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

歌舞伎・浄瑠璃外題よみかた辞典

堀川
(通称)
ほりかわ
歌舞伎・浄瑠璃の外題。
元の外題
近頃河原の達引
初演
寛政9.8(大坂・藤川八蔵座)

出典:日外アソシエーツ「歌舞伎・浄瑠璃外題よみかた辞典」
(C) Nichigai Associates, Inc., All rights reserved.
それぞれの項目は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

堀川」の用語解説はコトバンクが提供しています。

堀川の関連情報

他サービスで検索

(C)The Asahi Shimbun Company /VOYAGE MARKETING, Inc. All rights reserved.
No reproduction or republication without written permission.

アット・ニフティトップページへ アット・ニフティ会員に登録

ウェブサイトの利用について | 個人情報保護ポリシー
©NIFTY Corporation