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増阿弥【ゾウアミ】

デジタル大辞泉

ぞうあみ【増阿弥】
室町前期の田楽師。新座に所属し、世阿弥と張り合った名手生没年未詳。

出典:小学館
監修:松村明
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編集協力:田中牧郎、曽根脩
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デジタル版 日本人名大辞典+Plus

増阿弥 ぞうあみ
?-? 室町時代の芸能者。
大和田楽(でんがく)新座の役者大和猿楽の世阿弥と同時代に活躍。世阿弥が「冷えに冷えたり」(「申楽(さるがく)談儀」)と評した名手で,応永20年代(1413-22)を全盛として,4代将軍足利義持(よしもち)の後援うけ,たびたび勧進田楽をもよおした。また女面「(ぞう)」の作者ともつたえられる。

出典:講談社
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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

世界大百科事典 第2版

ぞうあみ【増阿弥】
田楽新座の役者。生没年不詳。世阿弥とほぼ同世代で(やや年少か),喜阿弥の後継者であった。名は芸名に基づく阿弥陀仏号略称。1414年(応永21)8月成立の《竹生島縁起》の勧進者23名の一人としてその名が見える。《申楽談儀》での世阿弥の評価は,音曲ともに〈閑花風(かんかふう)〉(九位の第3位)に位置づけ,少年時代に足利義満の前で獅子を舞ったのが〈面白カリシ〉とか,東北院(興福寺の院家)の立合(たちあい)での扱いを〈感涙も流るゝ斗(ばかり)に覚ゆ〉とか,《尺八の能》では〈冷えに冷えたり〉の表現で絶賛している。

出典:株式会社平凡社
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大辞林 第三版

ぞうあみ【増阿弥】
室町時代の田楽師。世阿弥に芸を高く評価された名手。生没年未詳。

出典:三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

日本大百科全書(ニッポニカ)

増阿弥
ぞうあみ
生没年不詳。室町前期の田楽新座(でんがくしんざ)(奈良に本拠を置いた座)の役者。同座の喜阿弥(きあみ)の後継者で、大和猿楽(やまとさるがく)の世阿弥(ぜあみ)と同時代の名手。ことに4代将軍足利義持(あしかがよしもち)の後援を受け、応永(おうえい)20年代(1413~22)には再々勧進田楽を興行するなど京都・奈良で活躍した。世阿弥の『申楽談儀(さるがくだんぎ)』によれば、演技と音曲(おんぎょく)とがみごとに調和した、技巧を弄(ろう)さない味わい深い冴(さ)えた芸風であったらしい。田楽以外にも多芸多才で、尺八の吹奏に優れ、今日に伝わる能面「増女(ぞうおんな)」はその創作になるという。[小林 責]

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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