●声明【しょうみょう】
ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
声明
しょうみょう
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朝日新聞掲載「キーワード」
声明
(2015-05-22 朝日新聞 夕刊 2総合)
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デジタル大辞泉
しょう‐みょう〔シヤウミヤウ〕【声明】
1 古代インドの五明(ごみょう)の一。文字・音韻・語法などを研究する学問。
2 仏教の経文を朗唱する声楽の総称。インドに起こり、中国を経て日本に伝来した。法要儀式に応じて種々の別を生じ、また宗派によってその歌唱法が相違するが、天台声明と真言声明とがその母体となっている。声明の曲節は平曲・謡曲・浄瑠璃・浪花節(なにわぶし)・民謡などに大きな影響を与えた。梵唄(ぼんばい)。
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監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
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せい‐めい【声明】
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世界大百科事典 第2版
しょうみょう【声明】
[概説]
日本の仏教儀礼で用いられる声楽曲の総称。インドにおける原始仏教教団の成立に伴ってその原型が起こり,仏教の東進に従い中国を経て日本にもたらされた。単旋律による無伴奏の声楽曲で,その理論や旋律様式,声楽的技法は後世のさまざまな声楽分野の形成に多大な影響を与え,日本音楽の源流ともいわれる。声明は本来,古代インドの5種類の学問領域〈五明(ごみよう)〉の一つで,文法学や言語学,訓詁学に関する学問を意味するサンスクリットśabda‐vidyāの漢訳にその語源をたどる。
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せいめい【声明】
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日本大百科全書(ニッポニカ)
声明
しょうみょう
サンスクリット語シャブダ・ビディヤーśabda-vidyāの訳語。〔1〕古代インドの学術区分としての五明(声明・工巧明(くぎょうみょう)・医方明(いほうみょう)・因明(いんみょう)・内明(ないみょう))の一つ。文法・音韻に関する学問のこと。〔2〕仏教儀式で経文を諷誦(ふじゅ)すること。中国では梵唄(ぼんばい)、讃(さん)、祭文(さいもん)などとも別称。日本では仏教声楽の全体を声明と総称する。
[小川 宏]
インド
古代インドでは、聖典ベーダに曲節を付して詠じたことから、バラモン教の音楽が発達したといわれる。仏教でも、当時の諸宗教で行われた定期的な唄誦説法の集会を仏陀(ぶっだ)が聴許した例(『薩婆多毘尼勒伽(さつばたびにろくぎゃ)』6)や、伎楽(ぎがく)による仏僧供養(くよう)を仏陀が勧めた例(『百縁(ひゃくえん)経』3)がある。また『賢愚(けんぐ)経』11には、美声で国王の軍勢が停止した唄比丘(うたびく)の話がみられる。『長阿含(じょうあごん)経』5では五種清浄(しょうじょう)あるものを梵音というと説かれ、『十誦律(じゅうじゅりつ)』37では声唄には五種利益ありと説かれている。ただしバラモン教の曲調は禁じられた(『根本薩婆多部律摂(こんぽんさつばたぶりつしょう)』9)。後代、大乗仏教の馬鳴(めみょう)が仏陀の一代記を詠んだサンスクリット詩『ブッダチャリタ(仏所行讃(ぶっしょぎょうさん))』などは讃歌の傑作として著名である。
[小川 宏]
中国
三国時代に来朝した康僧会(こうそうえ)が声明の名手と称せられた。『法苑珠林(ほうおんじゅりん)』36によると、魏(ぎ)の曹植(そうしょく)が山東省魚山(ぎょさん)で梵音を感得して梵唄を創作したと伝え、それが「魚山声明」と称する声明の起源とされる。唐代以前には帛法橋(はくほうきょう)、康法平(こうほうへい)が有名で、それ以降には僧弁(そうべん)らがいる。また密教音楽をインド僧善無畏(ぜんむい)が伝えた。しかし845年(会昌5)の仏教弾圧で衰滅した。
[小川 宏]
日本
日本には、552年(欽明天皇13)の仏教伝来とともに声明も伝えられたとみられる。『続日本紀(しょくにほんぎ)』8によると、720年(養老4)唐僧道栄(どうえい)の曲節に基づき「転経唱礼」を統一させる詔(みことのり)が出されている。また『東大寺要録』12によれば、752年(天平勝宝4)に東大寺大仏開眼法会(かいげんほうえ)において種々の音楽が演奏され、そのとき声明も行われた。その導師を勤めたインド僧菩提遷那(ぼだいせんな)や林邑(りんゆう)国(インドシナ半島にあった国)の僧仏哲(ぶってつ)は、ともに声明の達人であったという。このときの奈良仏教における声明の一部は、東大寺二月堂修二会(しゅにえ)(御水取(おみずとり))の声明にいまも伝わる。しかし、現行の声明は、ほぼ天台(てんだい)声明と真言(しんごん)声明の流れである。
天台声明は、平安時代の847年(承知14)唐から帰国した慈覚(じかく)大師円仁(えんにん)が中国五台山の声明を伝えたのに始まる。これが比叡山(ひえいざん)を中心に広まり5流に分派したが、良源(りょうげん)が中興し、「論義」という形式を創始した。さらに源信は日本語による声明「和讃(わさん)」をつくった。また、円仁から9代目の良忍(りょうにん)は5流を統一し、中国に倣って京都大原に、日本の魚山といわれる声明道場「来迎院(らいごういん)」をおこし、天台声明の大成者となった。その門下に頼澄(らいちょう)と家寛(けかん)がおり、それぞれ流派をおこして2流をなし、現在に及ぶ。天台声明は禅宗、浄土宗、日蓮(にちれん)宗などの声明に影響を与えた。一方、真言声明は、806年(大同1)唐より帰朝した弘法(こうぼう)大師空海(くうかい)が伝え、真雅(しんが)、源仁(げんにん)、益信(やくしん)、寛空(かんくう)を経て、寛朝(かんちょう)が大成した。その後は分派したが久安(きゅうあん)年間(1145~1151)、仁和(にんな)寺の覚性(かくしょう)法親王が評定会(ひょうじょうえ)を開き、本相応(ほんそうおう)院流、新相応院流、醍醐(だいご)流、進(しん)流の4流が公認された。このうち、進流は貞永(じょうえい)年間(1232~1233)に勝心(しょうしん)の要請で高野山(こうやさん)に移され、南山(なんざん)進流となった。正応(しょうおう)年間(1288~1293)、紀伊(和歌山県)根来(ねごろ)の頼瑜(らいゆ)は南山進流と醍醐流をあわせて新義声明をつくったが、これはのちに智山(ちさん)派と豊山(ぶざん)派に分かれた。現在この2派と南山進流が真言声明として伝わる。
鎌倉時代に、教義的には天台宗の流れをくむ浄土宗、浄土真宗、日蓮宗などの新仏教がおこり、仏教儀式や声明もそれに多くの影響を受けながらそれぞれ独自の展開をしていった。宋(そう)代の禅宗よりおこった臨済(りんざい)宗と曹洞(そうとう)宗は天台・真言両声明の影響を受けつつ、中国的な性格をもつ儀式や声明を展開させた。今日これらの宗派の声明も格別な位置を占めている。
[小川 宏]
声明の種類
声明曲はその詞章の形式から、(1)サンスクリット語(梵語(ぼんご))で書かれた梵文(ぼんぶん)系、(2)漢語で書かれた漢文(かんぶん)系、(3)日本語で書かれた和文系、の三つに大別できる。梵文系の曲には『四智梵語讃(しちぼんごさん)』『吉慶(きっきょう)梵語讃』『不動讃』などがあり、漢文系には唄(ばい)、散華(さんげ)、梵音(ぼんのん)、錫丈(しゃくじょう)など、そして和文系には讃嘆(さんだん)、教化(きょうけ)、講式(こうしき)、和讃、論議などがあげられる。
[坂 公道]
音楽的性格
声明は、発達した音楽理論をもち、天台声明と真言声明にそれが顕著である。しかし、実際の演唱と理論には食い違った部分もある。また、両宗派の音楽理論は、鎌倉仏教の各宗派にも少なからず影響を及ぼしている。
声明は単旋律音楽であり、その旋律構造は大小の単位の旋律型の連鎖によってできている。このような旋律型の組合せといった現象は、日本の伝統音楽全般に共通している。これらの旋律型には、それぞれに名称がつけられている。講式の旋律型である三重(さんじゅう)の名称は、浄土真宗大谷(おおたに)派の念仏・和讃や、平曲(へいきょく)、浄瑠璃(じょうるり)などにもみられる。拍子は、拍節的リズムと非拍節的リズムの2種類がある。天台宗では前者を定曲(ていきょく)、後者を序曲といい、この中間的のものを倶曲(ぐきょく)(破曲(はきょく))と名づけている。
声明の楽譜は博士(はかせ)(墨譜(ぼくふ)、節譜(せっぷ)などともよぶ)といい、文字の右または左に記された記号で表される。博士は宗派や時代によりその形態・名称が異なるが、音高を表す五音(ごいん)博士と、旋律の動きを表す目安(めやす)博士に大別できる。近年では五線譜を用いたものもある。また、早歌(そうが)、謡曲の胡麻点譜(ごまてんふ)は、博士の影響が大きい。
このように声明は、その旋律型、記譜法などの多くの点で、後世の声楽に影響を与えた。つまり、広い意味において日本伝統音楽の源流といえる。
[坂 公道]
『東洋音楽学会編『東洋音楽選書6 仏教音楽』(1972・音楽之友社)』▽『金田一春彦著『四座講式の研究』(1964・三省堂)』▽『岩田宗一著『声明関係資料年表』(1974・平楽寺書店)』▽『横道萬里雄・片岡義道他編『声明大系』(レコード・1983・法蔵館)』
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精選版 日本国語大辞典
しょう‐みょう シャウミャウ【声明】
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せい‐めい【声明】
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旺文社日本史事典 三訂版
声明
しょうみょう
経文に高低・抑揚や節をつけたもので,歌詞を梵語のままで歌う「梵讃」,漢語に翻訳した「漢讃」,日本語の「和讃」や講式・論義などがある。平安初期から天台声明と真言声明とがあり,のち浄土声明も発達。平家琵琶や謡曲の源流となった。
出典:旺文社日本史事典 三訂版
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