@niftyトップ

辞書、事典、用語解説などを検索できる無料サービスです。

大仏貞直【おさらぎさだなお】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

大仏貞直
おさらぎさだなお
[生]?
[没]元弘3=正慶2(1333).5.22. 鎌倉
鎌倉時代末期の武将。宗泰の子。右馬助,陸奥守。元弘1=元徳3 (1331) 年,元弘の乱では朝廷方として笠置,赤坂両城攻略に戦功を立てたが,元弘3=正慶2 (33) 年,新田義貞の鎌倉攻めの際には,極楽寺坂稲村ヶ崎で防戦し,義貞方の武将脇屋義助に突入して戦死

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル版 日本人名大辞典+Plus

大仏貞直 おさらぎ-さだなお
?-1333 鎌倉時代の武将。
大仏(北条)宣時(のぶとき)の元徳3=元弘(げんこう)元年足利尊氏とともに京都にいき,大将として後醍醐(ごだいご)天皇の行在所笠置山,楠木正成赤坂城を陥落させた。正慶(しょうきょう)2=元弘3年新田義貞の鎌倉攻めを極楽寺坂,稲村ケ崎でふせぎ,5月22日脇屋義助の陣に突入して討ち死にした。

出典:講談社
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

日本大百科全書(ニッポニカ)

大仏貞直
おさらぎさだなお
(?―1333)

鎌倉末期の武将。鎌倉大仏近くに住んだ大仏(おさらぎ)流北条宗泰(むねやす)の子。1322年(元亨2)引付頭(ひきつけのとう)。右馬助(うまのすけ)を経て31年(元弘1)陸奥守(むつのかみ)。同年9月、金沢貞冬(かねさわさだふゆ)、足利(あしかが)高氏(尊氏(たかうじ))とともに大将軍として上洛(じょうらく)、28日に後醍醐(ごだいご)天皇の拠(よ)る笠置山(かさぎやま)を陥れ、10月21日には楠木正成(くすのきまさしげ)の赤坂城を落とした。33年(元弘3・正慶2)5月の新田義貞(にったよしさだ)の鎌倉攻めに際し、極楽寺(ごくらくじ)口防衛軍の将として大館(おおだて)宗氏などを討ったが、22日、脇屋義助(わきやよしすけ)軍に突撃を敢行して戦死した。生前、遠江(とおとうみ)(静岡県)、佐渡(新潟県)などの守護でもあった。

[奥富敬之]

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

大仏貞直」の用語解説はコトバンクが提供しています。

大仏貞直の関連情報

関連キーワード

建武新政日本におけるおもな時代区分守邦親王鎌倉幕府元弘の乱赤橋英時赤橋守時安達時顕有元佐弘

他サービスで検索

(C)The Asahi Shimbun Company /VOYAGE MARKETING, Inc. All rights reserved.
No reproduction or republication without written permission.

アット・ニフティトップページへ アット・ニフティ会員に登録

ウェブサイトの利用について | 個人情報保護ポリシー
©NIFTY Corporation