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大伴金村【おおとものかなむら】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

大伴金村
おおとものかなむら
大伴氏の最盛期を築いた古代の政治家。室屋の。談 (かたり) の子。仁賢天皇死後,太子 (武烈) と対立した平群 (へぐり) 氏を打倒し,武烈天皇擁立に成大連 (おおむらじ) となる。武烈天皇に継嗣がなく,越前の大迹王 (おおとのおう) を擁立して継体天皇を即位させた。しかし,新羅遠征には失敗し,国内では筑紫国造磐井の乱 (527) が起るなど苦境に立った。また百済の要求を入れて任那4県を割譲し,百済と結んで高句麗,新羅に対抗しようとしたが,かえって任那の離反,新羅の侵攻を招いた。その後,安閑,宣化,欽明天皇の時代にも大連として権勢を保ち,屯倉 (みやけ) の設置などに努めたが,欽明1 (540) 年朝鮮政策の失敗を物部尾輿 (もののべのおこし) らに非難されて失脚し,以後大伴氏勢力は衰えた。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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デジタル大辞泉

おおとも‐の‐かなむら〔おほとも‐〕【大伴金村】
古代の中央豪族。5、6世紀のころ武烈継体安閑宣化天皇時代の大連(おおむらじ)欽明天皇のとき、朝鮮半島経営の失敗により失脚。生没年未詳。

出典:小学館
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
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デジタル版 日本人名大辞典+Plus

大伴金村 おおともの-かなむら
?-? 5世紀末-6世紀前半の豪族。
大伴談(かたり)の子。武烈天皇・継体天皇の即位実現に功があり,宣化(せんか)天皇にいたる4朝の大連(おおむらじ)となり,政権をにぎった。筑紫国造(つくしのくにのみやつこ)磐井(いわい)の乱の鎮圧,屯倉(みやけ)の増設などで功績をあげるが,欽明天皇元年(540)百済(くだら)(朝鮮)への任那(みまな)(朝鮮)4県割譲の責任をとわれ失脚した。

出典:講談社
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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

世界大百科事典 第2版

おおとものかなむら【大伴金村】
5世紀末~6世紀前半ころの大和朝廷の豪族。生没年不詳。室屋の孫,談(かたり)の子で(いわ),咋(くい),狭手彦(さでひこ)の父。《日本書紀》によると,武烈・継体・安閑・宣化4朝の大連(おおむらじ)をつとめた。仁賢天皇の死後大臣の平群(へぐり)氏を滅ぼして武烈を即位させたとされるが,《古事記》では平群氏はこれより前,清寧天皇の死後,意祁(仁賢)・袁祁(顕宗)両皇子によって討たれたことになっている。

出典:株式会社平凡社
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日本大百科全書(ニッポニカ)

大伴金村
おおとものかなむら

生没年不詳。5世紀末から6世紀前半にかけての豪族。武烈(ぶれつ)・継体(けいたい)・安閑(あんかん)・宣化(せんか)朝の大連(おおむらじ)。大伴談(かたり)の子。仁賢(にんけん)天皇の死後、平群(へぐり)氏を滅ぼし、武烈天皇を即位させた。武烈の死後、皇位継承者がなかったため、金村は群臣と諮って、応神(おうじん)天皇5世孫という継体天皇を越前(えちぜん)より迎えた。512年(継体天皇6)百済(くだら)が任那(みまな)の4県の割譲を望んだのを認め、527年の筑紫国造(つくしのくにのみやつこ)磐井(いわい)の反乱に際しては、大連物部麤鹿火(もののべのあらかい)とともに戦って平定した。その後、安閑期には屯倉(みやけ)の増設に尽力したが、540年(欽明天皇1)欽明(きんめい)天皇の難波(なにわ)行幸に従ったとき、物部尾輿(おこし)らに先の任那4県割譲の責任を糾弾されて失脚し、住吉(すみのえ)の宅に引退した。大伴氏はこれ以降しだいに衰退した。

[鈴木靖民]

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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精選版 日本国語大辞典

おおとも‐の‐かなむら【大伴金村】
大和時代の豪族。武烈天皇以下五朝の大連(おおむらじ)。談(かたり)の子。室屋の孫。皇位を左右する勢力を誇ったが、のち朝鮮半島の経営に失敗して失脚。生没年不詳。

出典:精選版 日本国語大辞典
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旺文社日本史事典 三訂版

大伴金村
おおとものかなむら
生没年不詳
5〜6世紀,大和政権で勢威をふるった大連 (おおむらじ)
仁賢天皇の没後大臣 (おおおみ) 平群 (へぐり) 氏を倒し武烈天皇擁立に成功,大連 (おおむらじ) として国政を担当した。武烈没後皇嗣がたえると,継体天皇の擁立に成功し,続いて安閑・宣化天皇を支持して,欽明天皇を支持する蘇我・物部氏と対立した。512年任那 (みまな) 4県を百済 (くだら) に割譲する失政により失脚,物部尾輿 (おこし) にその地位を奪われた。

出典:旺文社日本史事典 三訂版
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