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大内裏【だいだいり】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

大内裏
だいだいり
宮城のことで,内裏 (皇居) を中心として諸官省を配置した。唐の制にならい,すでに皇極天皇の飛鳥宮に大内裏があったと推定され,平城京平安京で完備した。規模は,平城宮で四方8町 (約 698m) ,平安宮で東西8町,南北 10町 (約 736m) 。平安大内裏は四囲をめぐらし,東西面におのおの4門,南北面におのおの3門設けた。南面の正門朱雀 (すざく) 門である。その内部には,正殿である大極殿を含む八省院豊楽 (ぶらく) 院,皇居である内裏,太政,神祇の2官,八省以下の諸官省があった。安貞1 (1227) 年炎上後は再興されず,建武の頃 (1330年代) ,後醍醐天皇が再興を企てたが,実現されなかった。内野 (京都市上京区の西郊の地) と呼ばれた野原が大内裏跡である。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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デジタル大辞泉

だい‐だいり【大内裏】
《「たいだいり」とも》古代天皇居所である内裏と政府諸官庁の置かれた一区画。平城京平安京などでは都城内の北部中央に位置する。平安京大内裏の規模は東西約1164メートル、南北約1394メートル。宮城

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世界大百科事典 第2版

だいだいり【大内裏】

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日本大百科全書(ニッポニカ)

大内裏
だいだいり

宮城のこと。平安京、平城京のそれをさすことが多い。京の北部中央に位置し、大垣に囲まれて四面に宮城門が開く。内部には天皇の住む内裏、正庁の朝堂院、諸官衙(かんが)(官庁)があった。難波(なにわ)京、藤原京、平城京、長岡京では発掘調査がなされ、とくに平城京では構造の解明が進んでいる。また平安京では、全面的な発掘調査はむずかしいが、古図や江戸時代の有職故実(ゆうそくこじつ)家裏松光世(うらまつみつよ)(固禅(こぜん))の詳細な考証書『大内裏図考証』その他により、かなり明確に構成がわかっている。

[吉田早苗]

藤原宮

(奈良県橿原(かしはら)市)東西約925メートル、南北約906メートルで、大垣に囲まれていた。南面中央の南門の北に、回廊で囲まれた朝堂院、背後に内裏があり、西方に大規模な官衙があった。

[吉田早苗]

平城宮

東西約1.3キロメートル、南北約1キロメートルで、東側の北4分の3が約270メートル張り出す。東寄り壬生(みぶ)門の北に朝堂院、その北に築地(ついじ)回廊に囲まれた約180メートル四方の内裏内郭があり、内部には紫宸(ししん)殿にあたる正殿など、多くの建物があった。朱雀(すざく)門北側の一画は発掘調査の結果中宮(ちゅうぐう)院にあたると考えられているが、まだ性格は明らかになっていない。また中宮院北の大膳職(だいぜんしき)その他の官衙や、東院(東に張り出した部分)では大規模な園池などが確認された。

[吉田早苗]

長岡宮

(京都府向日(むこう)市)東西約1150メートル、南北約1440メートルで大垣に囲まれ、中央南部の朝堂院は他に比べて小規模で、朝堂は八堂であった。朝堂院東方に約160メートル四方の内裏があり、内裏、朝堂院とも平城宮、難波宮からの移築であった。

[吉田早苗]

平安宮

東西384丈(約1164メートル)、南北460丈(約1394メートル)で、築地(ついじ)を周囲に巡らし、その外側には御溝水(みかわみず)が流れていた。築地には南北面に各3、東西面には各4、計14の宮城門が開いていた。正門である朱雀門を入ると広場があり、正面に朝堂院があり、奥に正殿の大極殿(だいごくでん)が建ち、朝堂院の西には豊楽(ぶらく)院が並んだ。内裏は長岡宮と同じく朝堂院の北東方にあり、南寄りに紫宸殿など公的な建物が並び、北側に清涼(せいりょう)殿などの天皇の私的な殿舎があり、各殿舎は廊で結ばれていた。官衙は太政(だいじょう)官などの主要なものが朝堂院の東に、大蔵省関係が大内裏北部にあった。なお、朝堂院などは1177年(治承1)、内裏は1227年(安貞1)に焼亡したのちは再建されなかった。

[吉田早苗]

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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旺文社日本史事典 三訂版

大内裏
だいだいり
皇居(内裏)や諸官庁を配置した一区画で,平城京・平安京の中央北部にある
宮城ともいう。平安京のそれは南北460丈(約1400m),東西384丈(約1200m)で,中央に朝堂院,その東北に内裏,西に豊楽院 (ぶらくいん) などがあった。

出典:旺文社日本史事典 三訂版
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