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大審院【だいしんいん】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

大審院
だいしんいん
1875年4月 14日に太政官布告 59号によって太政官右院を廃し設置された旧司法制度における最高の裁判所。「たいしんいん」ともいう。裁判所構成法 (明治 23年法律6号) でも最高の裁判所として認められた。旧ドイツ帝国の「ライヒスゲリヒト」をなぞったもので内部に若干数の民事部刑事部がおかれ,各部では5人の判事合議体によって審判が行われた。下級裁判所に対する司法行政上の監督権をもたず,また違憲立法審査権も認められず,大審院は立法権,行政権からの独立が不十分であった。したがって,こうした点で現在の最高裁判所とは性格の異なる点が多かった。 1947年裁判所法 (昭和 22年法律 59号) の施行に伴って廃止された。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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デジタル大辞泉

だいしん‐いん〔‐ヰン〕【大審院】
《「たいしんいん」とも》明治憲法下で、最高の位置にあった司法裁判所。明治8年(1875)設置。昭和22年(1947)廃止。現在の最高裁判所と異なり、司法行政権などはもたなかった。

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世界大百科事典 第2版

たいしんいん【大審院】
日本国憲法によって最高裁判所が設けられる以前の,最上級裁判所。大日本帝国憲法は,司法権の範囲を民事と刑事に限定していたので,大審院は民事および刑事事件の終審裁判所であり,行政権に属する行政事件の管轄権を持たなかった(行政裁判)。また同憲法は司法権の枠内での特別裁判所の設置を認めていた。さらに大審院は,違憲立法審査権や裁判所の内部規律に関する規則制定権を持たず,また司法行政権(司法行政)は司法大臣に属していた。

出典:株式会社平凡社
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日本大百科全書(ニッポニカ)

大審院
だいしんいん

1875年(明治8)に、民事・刑事の上告を受け上等裁判所以下の審判の不法なるものを破毀(はき)して全国法憲の統一を主持するところとして創設され、新憲法が施行されるまで存続した最高の司法裁判所をいう。主として、終審として、控訴院の裁判および地方裁判所が第二審としてなした裁判に対する上訴(上告・抗告)の審判、および第一審にして終審として、皇室に対する罪に関する刑法第73条(1947年削除)および第75条(同前)、内乱に関する第77条ないし第79条の罪の予審および裁判を行った。若干の民事部・刑事部が設けられ、各部では5人の判事からなる合議体が審判を行い、事件の性質によっては、民事の総部もしくは刑事の総部または民事および刑事の総部を聯合(れんごう)して審判を行った。大審院は現在の最高裁判所に相当するが、最高裁判所が司法行政監督権、規則制定権、違憲立法審査権をもつのに対し、大審院はこれらの権限をもたなかった。1921年(大正10)までの大審院判決録、1922年以後の大審院判例集がある。

[内田一郎]

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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精選版 日本国語大辞典

だいしん‐いん ‥ヰン【大審院】
〘名〙 明治憲法のもとで、通常の司法裁判所中最上級審の裁判所。明治八年(一八七五)設置。民事、刑事の各部がおかれ、五人の裁判官の合議体で審理裁判を行ない、事件の性質によって、連合部として判決を行なうこともあった。現在の最高裁判所と異なり、違憲立法審査権・司法行政権および下級裁判所に対する司法行政上の監督権はもっていなかった。
※東京日日新聞‐明治八年(1875)四月一五日「立法の源を広め大審院を置き」

出典:精選版 日本国語大辞典
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旺文社日本史事典 三訂版

大審院
だいしんいん
明治初期〜昭和前半,最高の司法裁判所
1875年大阪会議の結果三権分立が決まり,裁判権を確立するために東京に開設。ついで,大日本帝国憲法施行とともに,最高の裁判所となる。民事部・刑事部が設けられ,地方裁判所・控訴院の判決を不服とするの最終裁判および皇室犯・内乱罪の裁判を行う。第二次世界大戦後の1947年,最高裁判所に代わった。

出典:旺文社日本史事典 三訂版
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