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大森彦七【オオモリヒコシチ】

デジタル大辞泉

おおもり‐ひこしち〔おほもり‐〕【大森彦七】
南北朝時代の北朝方の武士。名は盛長足利尊氏が九州から都に攻め上ったとき、湊川(みなとがわ)の戦い楠木正成を破った。太平記に、正成の亡霊に悩まされるが、大般若経により怨霊を退散させたとある。また、同名の歌舞伎舞踊劇がある。生没年未詳。

出典:小学館
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デジタル版 日本人名大辞典+Plus

大森彦七 おおもり-ひこしち
?-? 南北朝時代の武将。
伊予(いよ)(愛媛県)砥部荘(とべのしょう)の領主建武(けんむ)3=延元元年(1336)湊川戦いで,足利方の細川定禅(じょうぜん)にしたがい楠木正成(まさしげ)をやぶる。帰郷後正成の怨霊になやまされた話(矢取川の鬼女伝説)が,歌舞伎,浄瑠璃(じょうるり)の題材となった。名は盛長。

出典:講談社
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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

世界大百科事典 第2版

おおもりひこしち【大森彦七】
南北朝時代の伊予国の武士。生没年不詳。大森彦七盛長は足利尊氏に属して軍功をあげた。《太平記》巻二十三にある〈大森彦七事〉が唯一の記述で,〈其(その)心飽(あく)まで不敵にして,力尋常(よのつね)の人に勝(すぐ)れたり。誠に血気の勇者と謂(いい)つべし〉とたたえられている。ことに,有名な湊川の合戦で足利方の細川定禅に従って活躍し,楠木正成を死地に追い込んだのは生涯の面目であった。この彦七が伝説的人物として後世に名を伝えるきっかけとなったのは,湊川合戦の直後に彦七が,その刀を奪い取ろうとする正成の亡霊たる鬼女に遭遇し,錯乱状態に陥ったが《大般若経》の功徳で救われたという《太平記》の所伝による。

出典:株式会社平凡社
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おおもりひこしち【大森彦七】
歌舞伎舞踊。常磐津・義太夫。作詞福地桜痴,作曲岸沢仲助。1897年10月東京明治座初演。彦七を9世市川団十郎,千早姫を市川女寅(後の6世門之助)。《太平記》によった活歴(活歴物)的な舞踊劇,新歌舞伎十八番の一つ。楠家の息女千早姫が鬼女の面を被り彦七を討とうとする。彦七は正成の最期を物語り,宝剣を姫に与え,人目をはばかり,狂気をよそおう。【戸部 銀作】

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大辞林 第三版

おおもりひこしち【大森彦七】
足利尊氏の臣。伊予の人。名は盛長。1336年湊川みなとがわの戦いに細川定禅に従い楠木正成を破った。「太平記」に正成の亡霊に悩まされる話がある。のちに浄瑠璃・歌舞伎に脚色された。生没年未詳。

出典:三省堂
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日本大百科全書(ニッポニカ)

大森彦七
おおもりひこしち
歌舞伎(かぶき)劇。時代物。1幕。福地桜痴(おうち)作。1897年(明治30)10月、東京・明治座で9世市川団十郎の彦七、市川女寅(めとら)(6世門之助)の千早姫により初演。湊川(みなとがわ)の戦いで楠正成(くすのきまさしげ)を討った伊予(いよ)国(愛媛県)の武士大森彦七が正成の怨霊(おんりょう)に悩まされたという『太平記』の一節を、新解釈により、常磐津(ときわず)、竹本の半舞踊劇に仕立てたもの。岸沢仲助作曲。初世花柳寿輔(はなやぎじゅすけ)振付け。
 伊予松山の山中で、正成の息女千早姫が父の仇(あだ)大森彦七を討とうと鬼女の面をかぶって襲うが、彦七は正成最期の模様を語って姫の誤解を解き、楠家の宝剣菊水(きくすい)の剣(つるぎ)を返して立ち去らせる。活歴(かつれき)風の構成だが、最後に彦七が同僚の足利(あしかが)侍の目をくらませるため、怨霊(おんりょう)におびえて乱心した態(てい)を装うところが踊りの見せ場。「新歌舞伎十八番」の一つに選ばれ、その後は7世松本幸四郎の当り役となり、現代に伝わった。[松井俊諭]

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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精選版 日本国語大辞典

おおもり‐ひこしち【大森彦七】
南北朝時代の武士。伊予の人。名は盛直。「太平記」によると、湊川(みなとがわ)の戦いで楠木正成を攻めて恩賞を得たが、鬼となった正成の怨霊(おんりょう)に悩まされたという。義太夫節、謡曲、歌舞伎などの題材にされる。

出典:精選版 日本国語大辞典
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歌舞伎・浄瑠璃外題よみかた辞典

大森彦七
〔常磐津, 長唄, 竹本〕
おおもりひこしち
歌舞伎・浄瑠璃の外題。
作者
福地桜痴
演者
岸沢仲助
初演
明治30.10(東京・明治座)

出典:日外アソシエーツ「歌舞伎・浄瑠璃外題よみかた辞典」
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大森彦七
(通称)
おおもりひこしち
歌舞伎・浄瑠璃の外題。
元の外題
八棟太平記 など
初演
享保12.11(江戸・中村座)

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