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大洲城【おおずじょう】

日本の城がわかる事典

おおずじょう【大洲城】
愛媛県大洲(おおず)市大洲にある平山城(ひらやまじろ)。日本城郭協会選定による「日本100名城」の一つ。肱川(ひじかわ)の流れを利用して内堀・外堀を設け、肱川に面した地蔵ヶ嶽(じぞうがだけ)(標高20m)に築かれた。1331年(元徳3)、守護の宇都宮豊房が築城したとされる。長く宇都宮氏の居城だったが、豊臣秀吉の四国制覇により、小早川隆景が入封し、支城とした。その後、戸田勝隆が入城し、つづいて入封した藤堂高虎と脇坂安治の時代に、近世の城郭として整備された。脇坂氏の代には、地蔵ヶ嶽山頂に本丸を構えて天守を建立、また地名を大津から大洲に改めた。1617年(元和3)加藤氏が大洲藩主となり、以後12代続いた。多くの櫓(やぐら)や門は、明治時代に取り壊されたが、住民の保存活動により天守と櫓の一部は残された。しかし、天守は老朽化などの理由で、1888年(明治21)に解体された。現在、台所櫓(だいどころやぐら)や南隅櫓など4棟の櫓が現存するほか、2004年(平成16)に四重4階の天守が復元された。JR予讃本線伊予大洲駅から徒歩20分。◇地蔵ヶ嶽城(じぞうがだけじょう)、比志城(ひじじょう)、大津城(おおずじょう)ともいう。

出典:講談社
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デジタル大辞泉

おおず‐じょう〔おほずジヤウ〕【大洲城】
大洲市にある旧大洲藩の城。元弘元年(1331)、宇都宮豊房の創築という。慶長年間(1596~1615)藤堂高虎脇坂安治らが修築。元和3年(1617)以降、加藤氏が在城本丸台所櫓・高欄櫓、二の丸の苧綿櫓(おわたやぐら)、三の丸の隅櫓現存。地蔵岳城。比志の城。

出典:小学館
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世界大百科事典 第2版

おおずじょう【大洲城】

出典:株式会社平凡社
Copyright (c) Heibonsha Limited, Publishers, Tokyo. All rights reserved.

事典・日本の観光資源

大洲城
(愛媛県大洲市)
日本100名城指定の観光名所。

出典:日外アソシエーツ「事典・日本の観光資源」
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精選版 日本国語大辞典

おおず‐じょう おほずジャウ【大洲城】
愛媛県大洲市にあった平山城。元弘元年(一三三一)宇都宮豊房の築城といわれる。戸田・藤堂・脇坂氏を経て元和三年(一六一七)以後加藤氏六万石の居城。高欄・苧綿(おわた)・南隅・台所の四櫓(やぐら)が現存し、いずれも国重要文化財。地蔵岳城。比志城。

出典:精選版 日本国語大辞典
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