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大蔵永常【おおくらながつね】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

大蔵永常
おおくらながつね
[生]明和5(1768).豊後日田
[没]?
江戸時代後期の農学者。通称徳兵衛,字は孟純,別に亀翁,黄葉園主人などとも称した。代々農業兼商業を営む家に生れる。幼少よりを好んだ。天明の大飢饉を目撃,29歳のとき九州,四国を視察し大坂に出る。以後その生涯を農産製造技術の進歩改良に捧げる。彼の農書は原理追求よりむしろ平易簡明な実地指導書であった。 68歳のとき三河田原藩,78歳のとき浜松藩に招かれ農業技術指導にあたる。その後江戸に出て作に専念したが,没年および終焉の地は不明。主著農家益』 (1802) ,『農具便利論』 (17) 。その他の著作『老農茶話』『農家益後編』『再板豊稼録』『除蝗録』『製葛録』『油菜録』。

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デジタル大辞泉

おおくら‐ながつね〔おほくら‐〕【大蔵永常】
[1768~?]江戸後期の農学者。豊後(ぶんご)の人。通称、徳兵衛。農業技術の指導と進歩に貢献した。著「農具便利論」「農家益」「広益国産考」など。

出典:小学館
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デジタル版 日本人名大辞典+Plus

大蔵永常 おおくら-ながつね
1768-1861* 江戸時代後期の農学者。
明和5年生まれ。諸国をめぐって農政を研究し,おおくの農書をあらわす。三河(愛知県)田原藩,遠江(とおとうみ)(静岡県)浜松藩の物産方となり,換金作物栽培・販売を説いた。万延元年12月16日死去。93歳。豊後(ぶんご)(大分県)出身。字(あざな)は孟純。通称は亀太夫,徳兵衛。号は亀翁。著作に「広益国産考」「農具便利論」など。

出典:講談社
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世界大百科事典 第2版

おおくらながつね【大蔵永常】
1768(明和5)‐?
江戸後期の代表的農学者。通称は徳兵衛。豊後国日田の農家に生まれ,幼少にして学問に志したが,父に厳禁され,生蠟問屋に奉公に出た。20歳前後に出郷,九州各地を遍歴し,製糖・製紙琉球藺(い)栽培などの技術を学んだ。1796年(寛政8)大坂に出,苗の取次商として畿内各地を回り,当時の先進的農業技術を見聞した。1825年(文政8)江戸に移ってのちは,農書の著述に専念し,合理的農業技術,とくに特用作物の栽培・加工技術の普及に努めた。

出典:株式会社平凡社
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大辞林 第三版

おおくらながつね【大蔵永常】
1768~? 江戸後期の農学者。豊後ぶんごの人。各地の農業を見聞し、多くの農書を著して作物の普及に努める。著「広益国産考」「農家益」「農具便利論」など。

出典:三省堂
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日本大百科全書(ニッポニカ)

大蔵永常
おおくらながつね
(1768―1857?)
江戸後期の農学者。豊後(ぶんご)国日田郡隈町(大分県日田市)生まれ。字(あざな)は孟純、通称を徳兵衛または亀太夫といい、亀翁と号した。祖父は優れたワタ栽培家で、屋号を「綿屋」とよび、綿作のみならず加工を行っていたとみられる。1778年(安永7)祖父の死去に伴い、綿作をやめ、父と彼は親戚(しんせき)の蝋晒(ろうさら)し工場で働いたらしい。向学心が強かったが、父から儒学勉強を止められ、農学研究をするようになった。20歳で故郷を出、九州各地を転々とし、29歳のとき大坂に出、その後7年間、各地の農作を調べ、また橋本宗吉(そうきち)について蘭学(らんがく)も学んだ。1802年(享和2)『農家益(のうかえき)』3巻を刊行、以後、没するまでに80冊あまりの農書を著した。1825年(文政8)江戸に出、その後、渡辺崋山(かざん)の推挙で三河田原藩に、また崋山の死後、水野忠邦(ただくに)の浜松藩に仕え、1847年(弘化4)以降江戸に住んだ。1856年(安政3)多くの友人が集まって彼の長寿(89歳)を祝ったが、以後消息不明である。彼の仕事の集大成『広益国産考』全8巻が出たのは1859年で、それを含め、彼の著作で出版されたものは27部69冊、未刊6部10冊である。それらを内容で分類すると次のようである。
(1)特用作物に関するもの 『農家益』『琉藺百方(りゅうりんひゃっぽう)』『甘蔗大成(かんしゃたいせい)』『綿圃要務(めんぽようむ)』『抄紙必用(しょうしひつよう)』『油菜録』『製葛録(せいかつろく)』『農稼業事』『門田之栄(かどたのさかえ)』『国産考』『広益国産考』
(2)稲作に関するもの 『老農茶話』『豊稼録』および同再板、『再種方(さいしゅほう)』『除蝗録(じょこうろく)』および同後編、『農稼肥培論(のうかひばいろん)
(3)農具に関するもの 『農具便利論』
(4)生活に関するもの 『民家育草(みんかそだてぐさ)』『文章早引(ぶんしょうはやびき)大成』『田家茶話』『日用助食竈賑(かまどのにぎわい)』『徳用食鑑(しょくかがみ)』『農家心得草(こころえぐさ)』『食物能毒集』『勧善夜話(かんぜんやわ)』『山家薬方集』『救荒必覧』
 彼の書が特用作物に詳しく、すべて具体的であることは、育った環境と時代をよく反映している。[福島要一]
『早川孝太郎著『大蔵永常』(1943・山岡書店) ▽筑波常治著『大蔵永常』(1969・国土社)』

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精選版 日本国語大辞典

おおくら‐ながつね【大蔵永常】
江戸後期の農学者。豊後の人。全国の農村を歩いて見聞を広め、「農家益」「農具便利論」などの平明な農業指導書を著述。明和五年(一七六八)生。没年は未詳。

出典:精選版 日本国語大辞典
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旺文社日本史事典 三訂版

大蔵永常
おおくらながつね
1768〜?
江戸後期の農学者
豊後(大分県)の人。諸国をめぐり農業技術を研究。 (はぜ) や甘蔗の栽培,製蠟・製糖技術などの改良・普及に貢献した。三河田原藩・遠江 (とおとうみ) 浜松藩の農事改良にも参与。商品作物の栽培,商品生産による農業改善を主張し,多くの農学者が水田耕作だけに関心を寄せていたことから脱却している点で異色であった。主著に『広益国産考』『農家益』『農具便利論』など。

出典:旺文社日本史事典 三訂版
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