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大躍進【だいやくしん】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

大躍進
だいやくしん
中国で 1958年から始まる第2次5ヵ年計画の初年度に行なわれた政策。1958年毛沢東国家主席によって提起された社会主義建設の総路線主導のもと,いわゆる経済の「大躍進」と人民公社設立の全国的な大衆運動が展開された。総路線,大躍進,人民公社という経済政策,方針を称して「三面紅旗」と象徴的に呼ばれた。1958年の大躍進は自然条件にも恵まれ,高揚した全国的大衆運動のなかで,農工業生産の大幅な増産が達成された。象徴的なのが鉄鋼生産運動で,土法(在来の方法,技術)により全国的に高炉が建設され,多くの人間が動員された。しかし,製品の質が悪く,そのうえ,工業と農業,工業でも鉄鋼と他部門とのバランスが崩れるという結果を招くことになった。この間,彭徳懐による批判(→廬山会議)など内闘争もあり,加えて自然災害ソビエト連邦との経済断交,政策運営上の誤りなどによって経済的にも破綻をきたし,大躍進は途中で挫折した。その後文化大革命によって一時再生したが,いわゆる四人組失脚後,無謀な試みとして否定された。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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世界大百科事典 第2版

だいやくしん【大躍進 Dà yuè jìn】
中国における社会主義建設に関して,1956年の小躍進に対して,58年から60年前半期までに行われた大々的な建設運動をいう。57年秋,河南省で活発な水利建設運動が始まり,またたくまに全国に広まり,水利建設,植林,肥料造りなどに農村労働力の70~80%が動員された。この建設運動は,都市,工業,社会制度,党の路線にまで影響を与えた。党の路線については〈2本足〉の方針,すなわち工業も農業も,大都市も中小都市も,大工場も中小工場も,先進技術も在来技術も,いずれをも発展させてゆこうという方針が採択された。

出典:株式会社平凡社
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日本大百科全書(ニッポニカ)

大躍進
だいやくしん

「毛沢東(もうたくとう)思想」に基づく中国の急進的な社会主義建設の試み。1958年後半の中国が社会主義建設の総路線、大躍進、人民公社という国内建設の三つの目標を同時に遂行しようとして掲げた「三面紅旗」のスローガンによっても知られている。

 この政策は、「衆人こぞって薪(たきぎ)をくべれば炎も高し」という諺(ことわざ)を引いて推進されたとおり、そして当時「15年でイギリスに追い付き追い越せ」という国家目標が提示されたことにもみられるように、経済的に立ち後れている中国であっても、労働力(人間資本)の大量投入による人海戦術的な方式をとれば、生産力は急速に発展し、生産は飛躍的に増大する、というものであった。こうして「大いに意気込み、つねに高い目標を目ざし、より多く、より早く、より経済的に社会主義を建設する」という「社会主義建設の総路線」が精神的原則として提起され、1958年夏に出現した人民公社が農村における大躍進政策の実行単位として組織化された。この政策は熱狂的な大衆運動として展開され、短期間のうちに次々と生産目標が高められた。しかし農業生産力の客観的な限界を無視した政策の結果、中国農村は荒廃の極に達してしまった。

 大躍進政策のひずみは、1959年8月の中国共産党八期八中全会(廬山(ろざん)会議)での彭徳懐(ほうとくかい)らによる毛沢東批判を招来し、毛自身もこの政策失敗の責任上、国家主席を辞任して政治の第一線から暫時引き下がらざるをえなくなった。後の文化大革命による毛の権力奪回への伏線もここにあったのである。

[中嶋嶺雄]

『中嶋嶺雄著『現代中国論――イデオロギーと政治の内的考察』増補版(1971・青木書店)』

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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旺文社世界史事典 三訂版

大躍進
だいやくしん
中華人民共和国の第2次五か年計画(1958〜62)で目標とされた,工業・農業の飛躍的発展をめざす政策・スローガン
中国は,人民公社を中心に中国型共産主義社会の建設をめざした。しかし,1959年からの自然災害,ソ連の技術協定破棄,無理な計画が重なり,経済は混乱し,1500〜2000万におよぶ餓死者を出して失敗した。このため毛沢東 (もうたくとう) は国家主席を辞し,劉少奇 (りゆうしようき) らが経済の調整政策をとることとなった。

出典:旺文社世界史事典 三訂版
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