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大運河【だいうんが】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

大運河
だいうんが
Da-yün-he; Ta-yün-he
中国の華北江南の間をウェイ(衛)河ホワン(黄)河ホワイ(淮)河チャン(長)江などの河川を利用して開削し,連結した水路全長 1794km。江南の豊かな物資を華北にある首都に運ぶとともに,華北,華中を政治的に結合するために長い間重要な役割を果たした。起源は,古くにまでさかのぼるが,南北朝の騒乱期に壊廃したので,朝は開皇4(584)年から大業6(610)年に,広通渠,山陽涜(邗溝),通済渠永済渠江南河などを改修し,面目を一新した。隋の民は苦役を被ったが,は大いに利益を受けた。のち宋,南北対立時代に存在意味が薄れ,壊廃も目立ったが,朝が興ると至元20(1283)年にほかに済州河,同 26年に会通河を開き,従来の迂回の不便を避けて大都(→ペキン〈北京〉直轄市)に直通させ,今日の大運河全容ができあがった。を通じて活用されたが,近代交通の発達に伴ってやや面目が薄れた。2014年,世界遺産の文化遺産に登録された。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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デジタル大辞泉

だい‐うんが【大運河】
中国の東部天津から黄河揚子江を横切り、杭州まで縦貫する運河。全長約1800キロ。隋の煬帝(ようだい)の時に開かれ、元代に完成。万里の長城とともに中国の二大土木事業といわれる。

出典:小学館
監修:松村明
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世界大百科事典 第2版

だいうんが【大運河 Dà yùn hé】
中国の東部平原を縦断する運河で,北は北京市から南は杭州市まで全長1794km。京杭運河ともいう。万里の長城とならび称される中国の二大土木工事の一つである。その起源は春秋時代までもさかのぼり,歴代にわたって南北交通の大幹線となり,また物資輸送の大動脈として中国の経済を支えてきた。今日では往時のような重要性はなくなったが,地方的な交通輸送路としての利用価値は失われていない(図)。
[古代の運河]
 中国最古の運河は,春秋時代に宋国が済水(せいすい)(山東省定陶県)から南東に向かって開いた菏水(かすい)で,済水と泗水(しすい)とを連絡したものである。

出典:株式会社平凡社
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大辞林 第三版

だいうんが【大運河】
中国東部を天津から杭州まで縦貫する水路。長さ1700キロメートル。その原形は、隋の煬帝ようだいが洛陽を中心に天津と杭州とを連結した水路。元代に済州河(1283年開通)と会通河(1289年開通)が建設され、現在の東寄りのコースが完成。今も部分的に利用。 → 永済渠通済渠

出典:三省堂
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日本大百科全書(ニッポニカ)

大運河
だいうんが
万里の長城とともに旧中国の残した二大土木事業といわれ、南の経済圏と北の政治圏とをつなぎ歴代王朝の基盤を養った重要施設。戦国時代以来、諸王朝が、西から東へ流れる黄河、淮水(わいすい)、揚子江(ようすこう)の本流・支流を巧みにつなぎ、深くさらって、営々としてつくりあげた大水道。現在の北京(ペキン)と浙江(せっこう)省杭州(こうしゅう)を結ぶ総延長おおよそ1800キロメートル。
 まず、紀元前5世紀、江蘇(こうそ)省淮安(わいあん)付近と揚州付近とで、淮水と揚子江とを連絡する(かんこう)が開かれ、約1世紀後に河南省(けいよう)付近から黄河を分流し、開封(かいほう)を過ぎ淮水に至る古(こべんが)が開かれた。これらはおもに軍糧輸送を目的としたが、漢代からは租税収入の一部(漕糧(そうりょう))を首都へ運ぶために用いられ、漕運(そううん)という制度がつくられた。三国から南北朝時代(3~6世紀)には江南の開発が進み、その経済力は江北をしのいだので、589年全国を統一した隋(ずい)は、江南の経済力を首都に結び付け、加えて旧南北両朝勢力を交流融和させるために、運河を全国的視野にたって整備した。初め、584年西安と黄河との間に広通渠(こうつうきょ)(富民渠)、587年淮安―揚州間に山陽涜(さんようとく)溝の改修)、605年黄河畔の河陰から開封、商邱(しょうきゅう)を経て宿遷付近で淮水に至る通済渠(つうせいきょ)、610年儀徴の対岸から蘇州を過ぎ杭州に至り、揚子江と銭塘江(せんとうこう)とを連ねる江南河を開き、この4河によって江南と関中(陝西(せんせい))とを直結した。この間、608年高句麗(こうくり)征討の軍糧輸送のため永済渠(衛河の改修)を開いたので、黄河畔から北京への路もでき、ついに杭州―北京間が水路で結ばれた。いわゆる大運河はこうしてできあがった。
 この大事業を完成したのは隋の煬帝(ようだい)である。しかし、このために重税、苛役(かえき)を課せられ、兵役に駆り立てられた農民が反抗し、隋はその後10年にして滅んだ。煬帝は人君の資に欠けると酷評されるが、大陸における経済の重心が江南に移動した大変動期に、300年にわたる南北抗争を終結統一する政治課題を解決するため大運河を完成させたことの歴史的意義は大きい。唐が華麗な文化を創造し、史上まれな盛時を現出したのは、大運河が内外の交通に大きな活力を与え、海港に連なってイスラム商人を迎えるなど、シルク・ロードにはるかに勝る機能を発揮したためである。
 宋(そう)代には、黄河水運の難所である三門峡の険を避け、大運河に連なる南海貿易の隆盛に対応するため、首都を(べんけい)(開封)に移し、通済渠を改修して河と改称し、江南からの距離を短縮したので、漕糧の輸送額は、唐代の年間約300万石(1石は約60リットル)よりも、100万~200万石も多かった。
 元(げん)以後、首都は大都(北京)となり、江南からは北東へ遠く離れた。そこで元は、初め御河(ぎょか)(永済河)を利用したが、迂回(うかい)が甚だしく、ついで淮河と大清河とをつなぐ済州河(さいしゅうか)、大清河と御河とを結ぶ会通河(かいつうか)を開いて、大運河を東方寄りのルートに短縮した。しかし舟行困難のため、運河輸送をいっさい断念、上海(シャンハイ)付近から天津(てんしん)に至る海上輸送によらざるをえなかった。明(みん)代には、元代の会通河の改修に成功し、1411年、ほぼいまみるような大運河が機能を発揮し、年400万石(1石は約170リットル)の漕糧を安定的に輸送し続け、清(しん)代もこれによった。しかし、20世紀初め汽船、汽車による輸送の発達によって本来の役割は終わった。
 1911年の辛亥(しんがい)革命後の国内の混乱もあって運河の復旧は行われず、また河道の変化もあり、現在は不通となっている部分が多い。しかし、全面復旧の計画もあり、また1949年の解放後の改修により3000トン級の汽船の航行可能な部分もあり、部分的には水運に利用され、また農業用水としても利用されている。[星 斌夫]
『星斌夫著『大運河』(1971・近藤出版社) ▽星斌夫著『大運河発展史』(平凡社・東洋文庫)』

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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精選版 日本国語大辞典

だい‐うんが【大運河】
中国の南北を結ぶ運河。秦・漢・南北朝時代に開鑿、隋の煬帝(ようだい)によって天津~黄河と淮水~揚子江が結ばれ、元の時代に杭州と天津を完全に結んだ。全長約一八〇〇キロメートル。唐以後、南方経済地帯と北方政治軍事的消費地帯を結ぶ。官民の交通の大動脈であったが、清末に重要性を失った。

出典:精選版 日本国語大辞典
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旺文社世界史事典 三訂版

大運河
だいうんが
中国の華北と江南を直結する運河
隋の煬帝 (ようだい) が洛陽を中心に長安・杭州・涿郡 (たくぐん) をY字型に結ぶ原型をつくった。以後,南方物資の輸送,南北統合のため,その維持に努力が払われた。大都を都とした元は輸送を急務とし,淮陰 (わいいん) ・済寧 (せいねい) ・臨清に新水路を開き,今日の運河系統を完成。北京遷都後の明・清もその整備に努力し,現在も使用されている。

出典:旺文社世界史事典 三訂版
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