@niftyトップ

辞書、事典、用語解説などを検索できる無料サービスです。

天保【テンポウ】

デジタル大辞泉

てんぽう【天保】
江戸後期、仁孝天皇の時の年号。1830年12月10日~1844年12月2日。

出典:小学館
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:田中牧郎、曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

大辞林 第三版

てんぽう【天保】
年号(1830.12.10~1844.12.2)。文政の後、弘化の前。仁孝天皇の代。

出典:三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

日本の元号がわかる事典

てんぽう【天保】
日本の元号(年号)。江戸時の1830年から1844年まで、仁孝(にんこう)天皇の代の元号。前元号は文政(ぶんせい)。次元号は弘化(こうか)。1830年(文政13)12月10日改元。江戸の大火や京都の震災などの凶事を断ち切るために行われた(災異改元)。『尚書(しょうしょ)』を出典とする命名。天保年間の江戸幕府の将軍は徳川家斉(いえなり)(11代)、徳川家慶(いえよし)(12代)。1837年(天保8)、元大坂東町奉行所与力の大塩平八郎らが幕政に抗議して乱を起こした(大塩平八郎の乱)。同年、徳川家慶(家斉次男)が将軍に就任。その後も、前将軍の家斉は大御所として政治の実権を握っていたが、1841年(天保12)に死去した。家斉の死後、家慶は老中首座水野忠邦(ただくに)を重用して家斉時代の人材を一掃し、幕府の財政再建と改革に乗り出した(「天保の改革」)。水野の政治は緊縮財政で、徹底的に贅沢を禁じた。また言論統制を行い、高野長英(ちょうえい)や渡辺崋山(かざん)などの弾圧(蛮社の獄)を呼んだ。1833年(天保4)から1839年(天保10)頃にかけて、洪水や冷害を原因とする全国規模の飢饉(天保の飢饉(ききん))が発生。これは、大塩平八郎の乱や甲斐国の天保騒動(百姓一揆)の原因となった。

出典:講談社
(C)Kodansha.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

精選版 日本国語大辞典

てんぽう【天保】
[1] 江戸時代、仁孝天皇の代の年号。文政一三年(一八三〇)一二月一〇日に地震災異などで改元、天保一五年(一八四四)一二月二日、弘化元年となる。大塩平八郎の乱、天保の改革などがあった。将軍は徳川家斉・家慶。出典は「書経‐仲虺之誥」の「欽崇天道、永保天命」。
[2] 〘名〙
※東京の三十年(1917)〈田山花袋〉その時分「『お天保、一枚にまけーてあげます』〈略〉その天保銭一枚の餠は非常に売れた」
※落語・樟脳玉(下の巻)(1891)〈三代目三遊亭円遊〉「下拙共(てまいども)抔は少し天保(テンポウ)に近い方で御座いまして、脳膸に旧弊が染(しみ)込んで居ますので」

出典:精選版 日本国語大辞典
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

天保」の用語解説はコトバンクが提供しています。

天保の関連情報

関連キーワード

奴隷制廃止運動産業革命民衆を導く自由の女神パーマストン(子)ギゾースタンダールフランス史(年表)シャルルルイフィリップ民衆を率いる自由の女神

他サービスで検索

(C)The Asahi Shimbun Company /VOYAGE MARKETING, Inc. All rights reserved.
No reproduction or republication without written permission.

アット・ニフティトップページへ アット・ニフティ会員に登録

ウェブサイトの利用について | 個人情報保護ポリシー
©NIFTY Corporation