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奈良利寿【ならとしなが】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

奈良利寿
ならとしなが
[生]寛文7(1667)
[没]元文1(1736).12.14. 江戸
江戸時代中期の奈良派の装剣金工。通称太兵衛奈良派3代利治の門人一説に4代利永の門人。「奈良三作」の一人。刀装具中縁頭 (ふちがしら) のが多く鐔 (つば) は少い。薄肉彫鋤彫にすぐれ,緻密な手法で人物,花鳥図などを彫った。代表作『大森彦七図鉄鐔』。

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デジタル大辞泉

なら‐としなが【奈良利寿】
[1667~1737]江戸中期の装剣金工家。江戸の人。通称、太兵衛。奈良三作の一人。高肉彫り色絵を得意とし、柄頭(つかがしら)の作が多い。

出典:小学館
監修:松村明
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デジタル版 日本人名大辞典+Plus

奈良利寿 なら-としなが
1667-1737* 江戸時代前期-中期の装剣金工。
寛文7年生まれ。江戸本所にすむ。奈良利治(としはる)に師事する。土屋安親(やすちか),杉浦乗意とならんで奈良三作のひとり。人物図を得意とした。元文元年12月14日死去。70歳。通称は太兵衛。作品に「大森彦七図鐔(つば)」(重文),「牟礼(むれ)高松図鐔」(重文)。

出典:講談社
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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

世界大百科事典 第2版

ならとしなが【奈良利寿】
1667‐1736(寛文7‐元文1)
江戸時代の装剣彫金工。通称を太兵衛といい,奈良利治の門人とも奈良利永の門人とも伝える。土屋安親杉浦乗意とならんで,奈良三作の一人に数えられる名工。刀装具の中でも縁頭(ふちがしら)の製作に長じ,鐔(つば)は比較的少ない。縁頭は利寿独自の腰の低い造込(つくりこみ)で,真鍮地が多く,赤銅,四分一(しぶいち)などもあり,独特の薄肉彫で花鳥,人物の表現に妙味をみせている。鐔はすべて肉厚の鉄地で,雄勁かつ細密な高肉彫,象嵌に特色がある。

出典:株式会社平凡社
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日本大百科全書(ニッポニカ)

奈良利寿
ならとしなが
(1667―1736)

江戸中期の装剣金工家。通称を太兵衛といい、奈良利治(としはる)の門人とも奈良利永(としなが)の門人とも伝える。土屋安親(やすちか)、杉浦乗意(じょうい)とともに奈良三作と称された名工で、とくに高肉(たかにく)彫りを得意とした。刀装具のなかでも縁頭(ふちがしら)がもっとも多く、鐔(つば)は少ない。縁頭は利寿独自の腰の低い造込(つくりこみ)で、真鍮(しんちゅう)、赤銅などの地に色金を多用して花鳥、人物を絵画風に美しく表す。鐔はすべて肉厚の鉄地で、雄勁(ゆうけい)かつ緻密(ちみつ)な高肉彫り、象眼(ぞうがん)などに妙味をみせている。代表作に大森彦七図鐔(重文、大阪・田口家)がある。

[原田一敏]

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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