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安保改定問題【あんぽかいていもんだい】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

安保改定問題
あんぽかいていもんだい
別名六十年安保。 1951年9月,対日講和条約とともに締結された日米安全保障条約日米行政協定は,米軍の日本駐留と日本防衛を無期限に認めたものであった。岸内閣は,この片務的条約を相互防衛的な条約に改定しようとし,58年6月から日米間の交渉が始り,新条約締結の方針で一致した。同年 10月から公式交渉に入ったが,幅広い安保改定反対運動と自由民主党内の慎重論のため交渉は難航した。 60年1月,ようやく前文と本文 10ヵ条から成る新日米安保条約が調印された。これに対し,新条約は事実上の日米軍事同盟であり,特にその極東条項は日本をアジアの紛争に巻込むものだとして,野党はじめ国民の幅広い反対運動が起った。この運動は,安保闘争または安保反対闘争と呼ばれ,59年3月結成の安保阻止国民会議に組織され,60年7月までに集会参加者 6000万人,反対請願署名者 2500万人という日本の第2次世界大戦後における最大規模の大衆運動となった。 60年5月 19日深夜,政府,自民党は反対運動に対抗し,警官隊の議場導入,反対議員の実力排除,自民党単独採決の非常手段に訴え,会期延長と新条約可決を強行した。反対の大衆行動はさらに燃上がり,連日連夜のデモによる国会包囲で議会政治はその機能を停止した。6月 15日樺美智子圧死事件,同 16日アイゼンハワー米大統領の訪日中止などを織込みながら,6月 19日新安保条約はついに国会で自然承認となった。同 23日批准書交換で発効,同日首相岸信介は退陣を表明した。戦後最大の政治的混乱を生んだこの六十年安保を契機に,保守政治はその方式を変え,岸内閣のあと7月に内閣を組織した池田勇人は,寛容,忍耐,対話の低姿勢政治を打出した。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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